こんにちは。本日は、伊坂幸太郎氏の「バイバイ、ブラックバード」の感想です。
6話から成る連作短編集です。5人の女性と付き合っていた主人公「星野一彦」が、ある事情から、その女性たちに別れを告げに回ります。太宰治の「グッド・バイ」の内容をオマージュした作品です。と言っても、私は「グッド・バイ」を読んでいません。伊坂幸太郎が太宰治に敬意を表しているのか、「グッド・バイ」に特別思い入れがあるのか分かりませんが、一度「グッド・バイ」も読んでみたい。
もうひとつ、この作品の特徴が「ゆうびん小説」ということです。フリーペーパー「LOVE!書店」に付いている応募券で応募してきた方の中から、抽選で選ばれた人に小説が郵便で届く企画です。6話構成の内、第1話から第5話までを各50人ずつ、計250人に小説が行き渡ります。
当選しても第1話から第5話まで全て読める訳ではありません。1話しか読めないので、他の短編との関係性は分かりません。もちろん短篇としても面白いのですが、やはり連作なので全てを読んでみたい衝動は沸いてくるでしょう。全ての関係が明らかになる第6章は、単行本が発刊されるまで誰にも分かりません。
そうは言っても、日本で50人しか読むことが出来ない短編を読んでいる訳ですから幸運です。合計で250人。伊坂幸太郎ファンの数から言うと、本当に微々たる人数です。そういう企画があったことも知らなかったので残念さと後悔が渦巻いています。
「バイバイ、ブラックバード」の内容
星野一彦の最後の願いは何者かに“あのバス”で連れていかれる前に、五人の恋人たちに別れを告げること。そんな彼の見張り役は「常識」「愛想」「悩み」「色気」「上品」―これらの単語を黒く塗り潰したマイ辞書を持つ粗暴な大女、繭美。なんとも不思議な数週間を描く、おかしみに彩られた「グッド・バイ」ストーリー。【引用:「BOOK」データベース】
「バイバイ、ブラックバード」の感想
別れの物語
星野一彦はお金のトラブルに加え、誰かの機嫌を損ねたことにより「あのバス」で連れていかれることが決まっています。連れていかれる前に5股で付き合っていた恋人たちを訪れ、別れを告げていく。繭美という監視役を伴いながら。
少なくとも、5回の別れ話をする必要があります。5人の女性は個性も違いますし、置かれた状況も違います。別れ話がまとまるのか、拗れるのか。スムーズに収まるとも思えません。しかも容姿・態度・言葉遣いの全てが規格外の地球外生物のような監視係「繭美」と結婚することを理由に切り出す訳です。
別れ話に怒ったり、別れる気はないと言われたり、自分を押し殺して了承したり、あっさりと受け入れる恋人もいます。逆にあっさりと受け入れられた時、星野は自分のことを棚に上げながら何となく不満を感じたりもします。
恋人との出会いのシーンから始まり、その後、別れ話が始まるシーンに移ります。第1話から定型のように繰り返されます。その定型化された物語の進行具合が、マンネリではなくテンポの良さを感じさせます。
当たり前ですが、出会い方も違えば別れ方も違います。定型化された構成だからこそ、違いが際立ちます。別れ話なので修羅場であるはずなのに、何故か修羅場に感じない。星野も恋人も、どこかピントがずれています。繭美の存在が、別れ話の本質をずらしているのかもしれません。
一人目の廣瀬あかりの時は別れ話がラーメンの大食いにすり替わり、二人目の霜月りさ子の時は犯罪者が関わってきたり。別れ話から派生していく物語の展開に付いていけなくなります。きちんと収束はするのですが。
切迫している割に
星野は、「あのバス」に乗りどこかに連れていかれます。どこか分からないから余計に不安を感じて焦るはずです。しかし、それほど緊迫感を感じさせません。物語の端々で、これからの自分の行く末に思いを馳せる場面があります。しかし、彼はそれほど現実感がないようです。行き先にどんな過酷な未来が待っているか具体的に分からないことが、彼に緊張感を持たせません。「あのバス」と言う表現だけでは想像できない。たまに繭美が星野を脅すために話す「あのバス」の行き先も荒唐無稽な話なので現実感がありません。
彼は連れ去られることより、彼女たちに別れを告げることに意識を持っていかれています。連れていく側の繭美にも緊張感が全くありません。もちろん、繭美が緊張感を持つ必要はありません。しかし、彼女が星野を脅かす時にも、どこかしら緊迫感がありません。
「あのバス」で連れ去られることが恋人たちに別れを告げる原因のはずなのに、時に忘れ去られている感もあります。不幸な未来が待っており、恋人たちに別れを告げなければならない。暗い話になるはずなのに、暗さを感じさせません。不穏な空気は全編に流れています。流れていますが、恋人たちとの別れに吹き飛ばされています。
実はいい人
連作短編集なので、物語は一連に通じています。貫く登場人物は主人公の星野と監視役の繭美です。星野を連れていく組織を悪と断言していいのかどうか分かりませんが、星野にとって望ましくない監視役です。物語の当初においても、繭美の傍若無人ぶりと非常識さと思いやりのなさは際立っています。星野にも原因はあるのですが、繭美を見ているとやはり星野は被害者に感じてしまいます。彼の恋人たちも同様です。
物語が進んでいく内に、繭美にそれほど悪意を感じなくなってきます。彼女に慣れてしまったからなのか。彼女の言動に正しいことが混じっているからなのか。それとも彼女も組織の一員に過ぎず、何の決定権も持たないことが分かってきたからなのか。兎に角、繭美の存在なしでは物語は構築されません。
単なる監視役で終わるはずはないことは当初から分かります。ただ、こういう結末に持ってくるかと感嘆します。絶対的な悪が存在しないことが、読後に爽やかさを感じさせるのかもしれません。
最後に
連作とは言え短編集なので、物足りなさを感じます。「あのバス」のことも、連れていかれる先も分かりません。星野が連れていかれる原因も明確に語られません。結末も中途半端に終わります。読み終えた時に全てが明らかにされる訳ではありません。
繭美が徐々に変化していく様子も描かれていますが、結末は都合良すぎるかなと感じます。星野と恋人たちの別れの物語ながら、最後に繭美が全てを持っていってしまった。面白いですが、同じ連絡短編集なら「チルドレン」の方が面白かったかな。