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『ジャイロスコープ』:伊坂幸太郎【感想】|文庫オリジナル短編集

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 こんにちは。本日は、伊坂幸太郎氏の「ジャイロスコープ」の感想です。

 

 デビュー15周年という節目を記念して発刊された文庫オリジナルの短編集。ジャイロスコープのために書き下ろされたのは、最終話「後ろの声がうるさい」のみです。他の短編はアンソロジーや雑誌のために執筆された作品です。

 連作短編ではないので各短編の間には統一性はありません。それぞれが独立した物語です。短編なので結末があやふやなものもあります。色合いの全く違う物語を集めているので好みは分かれるかもしれません。どれも伊坂幸太郎を感じさせる作品ではありますが。 

 私は単行本や文庫で読むことが多いので、アンソロジーや雑誌でしか発表されていない作品を読む機会は少ない。そう考えると「ジャイロスコープ」は伊坂作品の違う一面を見ることができる。いろんな作品を書いているのだと改めて感じます。

 各短編が独立(最終話は別ですが)しているので、それぞれの感想を書きます。  

「ジャイロスコープ」の内容

助言あります。スーパーの駐車場にて“相談屋”を営む稲垣さんの下で働くことになった浜田青年。人々のささいな相談事が、驚愕の結末に繋がる「浜田青年ホントスカ」。バスジャック事件の“もし、あの時…”を描く「if」。謎の生物が暴れる野心作「ギア」。洒脱な会話、軽快な文体、そして独特のユーモアが詰まった七つの伊坂ワールド。【引用:「BOOK」データベース】

  

「ジャイロスコープ」の感想

田青年ホントスカ

 「ジャイロスコープ」に対する期待を満たしてくれるかどうか。最初の短編の印象は重要です。

 相談屋という怪しげな商売に加えて、顔と身体が不釣り合いな男「稲垣」が登場します。稲垣の飄々とした態度は独特な雰囲気があります。浜田青年の置かれた状況の違和感が常に付き纏い、何かが隠されていることはすぐに分かります。稲垣の真の目的と相談屋の必然性はどこにあるのか。浜田がどんな策略に陥っているのか予想していく面白みがあります。

 稲垣には秘密があり、一週間後にやってくる客が大きな鍵であることは明白です。果たして一週間後、稲垣が相談者で現れます。稲垣と浜田青年の対峙で、ようやく稲垣の目的が分かります。しかし、そこで終わりません。浜田青年の秘密も暴露されます。

 二人の会話で、浜田青年の登場から稲垣の態度・行動の全てを繋げていきます。答えは納得できるが無理やり感も残ります。全体的な印象は伊坂幸太郎らしい。

 

 何もかもが分からない状態で始まり、終わっていきます。物語の前提も現状も目的も分からない。ワゴンに乗っている人たちは何故乗っているのか。どこに向かっているのか。どういう経緯で集まった人たちなのか。これからどうするのか。そもそも、この世界は現実なのか。

 何もかもが不明ですが、伊坂幸太郎だから結末で納得させてくれるだろうと期待します。しかし、セミンゴの登場によりさらに混乱します。セミンゴについては詳細に説明されますが、だからと言って状況に納得できる訳ではない。ワゴンの中の人たちの会話が事態を説明してくれる訳でもない。そもそも起承転結のある物語を書こうとしていないのではないだろうか。セミンゴとスパムメールを書きたかっただけなのかもしれません。

 ワゴンの中の会話は伊坂幸太郎らしい軽快さがありますが、結末の不親切さは伊坂らしくない。「らしい」の前提も人によって違いますが。読後に何かが残ることもなく、突き放された感覚です。好みが分かれるでしょう。 

 

二月下旬から三月上旬

 二月二十九日を含む、二月二十七日から三月三日まで描かれます。日が進むたびに微妙な違和感が広がります。辻褄の合わない気持ち悪さがありますが、物語の仕掛けに気付けばすぐに納得できます。時間の経過を日付で表していますが、その経過にはふたつの時間の流れが含まれています。時間を表す方法に騙されることになります。

 坂本ジョンと慈郎の関係も面白い。坂本ジョンは自分勝手で悪い奴に見えますが、どことなく憎めない。彼ら二人の間で起こる出来事や事件も面白い。彼らの関係性や腐れ縁の雰囲気も面白さに影響しています。

 彼らのやっていることや起こっている出来事は重苦しいことが多いが、会話は軽妙で重苦しくない。二月下旬から三月上旬の中に、二人の人生を描き出します。時間の経過のトリックに気付けば何ということはないのですが。

 

if

 「ジャイロスコープ」の中でも特に短い短編です。これも時間の経過を仕掛けに使っています。

 主人公「山本」の行動と気持ちはよく分かります。彼は一般的で普通な人なので共感しやすい。過去の選択を悔やみ、いつまでも悩む姿も理解できます。人は過去の出来事を簡単に割り切れません。後悔の原因を忘れることはできないので、後悔しながら生きていかなければなりません。人の心の弱さを見せつけられます。普通は挽回のチャンスが訪れることはないので一生付き纏うことになる。

 山本に挽回のチャンスが訪れたのは喜ぶべきことです。しかし、チャンスを逃してしまうと後悔が倍増する危険もあります。彼と同じ思いを抱く仲間がいたことが、結末を清々しく気持ちが良いものにしています。

 

人では無理がある

 冒頭の緊迫感のあるシーンから一転、サンタクロースへ続きます。現実の危機とサンタクロースの非現実の取り合わせが面白い。ふたつがどのように絡んでくるのか気になります。

 サンタを会社のように扱っています。社員は現実社会からのリクルートにより採用している。「死神の精度」で死神を会社のように扱ったことを思い出させます。世の中の全てはシステムで成り立っているということでしょう。

 林衿子の危機は、今そこにある命の危機です。サンタが直接助けるのであればいい話だがサンタの必要性はありません。始まりが林衿子なので結末も林衿子だと予想できますが、サンタがどのように絡んでくるのか気になります。

 それは別にしてサンタの世界だけでも面白い。夢のある仕事でありながら、会社組織の現実も描かれます。出来る社員とそうでない社員がいて、全員がサンタという訳でもない。それぞれの役割を果たすのは、現実社会の会社と同じです。松田という特異な存在が物語の鍵になることは予想できます。結末は都合の良さも感じますが、それでも納得してしまいます。

 林衿子の危機からの脱出と伏線の回収は伊坂幸太郎らしい結末です。 

 

星さんたち

 お仕事小説でありながら人生をテーマにしています。新幹線に乗る機会が少ない人は清掃員の姿にピンときませんし、普段は気にすることもありません。しかし、清掃員もひとりの人であり人生があります。清掃という職業にスポットを当てながらも、彼女(彼)たちの人生も描いています。

 新幹線の同じ車両に乗り合わせるのは全くの偶然ですが、乗客の人生は一瞬だが重なり合う。そういう世界を清掃していくことで人生を垣間見るのだろうか。清掃員たちが出会った出来事を繋ぎ合わせることで一人(鶴田)の人生にします。

 鶴田のことが心配だからこそ、とりとめもない市川君の話に乗ってくるのでしょう。現実の中での非現実な空想を、いかにもという感じで繋げていきます。市川君の話は何も証明しません。ただ、全員が引き込まれていくのは、鶴田のことが好きだからでしょう。だから過去を想像する。

 清掃員の世界と彼らの思いを、鶴田を通じて描いているのだろうか。清掃と新幹線で描かれる人生に引き込まれます。

 

ろの声がうるさい

 「ジャイロスコープ」のために書き下ろされた短編です。これまでの各短編には繋がりがありません。それらを何となく繋げるための受け皿です。そうは言っても、これがないと各短編が分からないということはありません。もともと各短編は独立して執筆されている訳ですから。新幹線の中の話なので「彗星さんたち」と密接に関係しているかと思うとそうでもありません。

 全体的にはハートウォーミングな結末へと結びつきます。その過程で各短編の登場人物が登場します。

 物語自体は淡々と進み、盛り上がりも少ない。短編としては可もなく不可もなくといったところでしょうか。他の短編に大きな影響を与えません。わざわざ書き下ろす必要があったのかどうか微妙です。文庫を買う人に対して、既出の短編だけでは申し訳ないと思ったのかもしれません。

 

終わりに

 どの短編もあっという間に終わってしまうので物足りなさはあります。アンソロジーで執筆した作品は、他の作家との関係性も影響しています。単体で読むと物足りなさを感じるのは仕方ないのかもしれません。

 面白いかどうかと聞かれると返事が難しい。強弱は別にして、どの短編にも伊坂幸太郎の作風を感じることはできます。ただ、内容が充実していたかどうかは別問題です。好みの問題ですが、私には物足りなかった。