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『時限病棟』:知念 実希人【感想】|タイムリミットは6時間。脱出できるのか

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 本日は、知念 実希人氏の「時限病棟」の感想です。ネタバレもありますので、未読の方はご注意ください。

 

 仮面病棟の続編のように見えますが、ストーリーは繋がっていません。両者に共通するのは、舞台が田所病院であることとピエロが鍵のふたつです。この二つが根底にあるので続編に見えますが、実際はそれほど密接に関係していません。

 病院のフロア図を見た瞬間、仮面病棟を読んだ人は田所病院を思い出すはずです。同時に病院にある様々な仕掛けも思い出すでしょう。仮面病棟と同じく病院内の閉じられた空間で起きる事件ですが、展開や構成は全く違います。

 先に仮面病棟を読んでおく必要があるかどうかですが、読んでいなくても十分に楽しめます。それくらい独立したストーリーです。しかし、仮面病棟を読んでいることで気付くこともあります。仮面病棟の事件が直接的に影響している訳ではありませんが因果は感じます。やはり仮面病棟を先に読んだ方が多くのことが見えて繋がってきます。読む順番は、当然、仮面病棟からです。順番を逆にすると、どちらも面白くなくなってしまうでしょう。

 廃病院の不気味さ、ピエロの絵、閉じ込められた五人と一人。背景にある企ては何なのか?犯人の目的は?誰が犯人か?

 冒頭から多くの「?」が現れます。主人公「梓」が感じている気持ちと同じです。仮面病棟と違い、タイムリミットは六時間後と明確です。クローズド・サークルとタイムリミットと死。定番の設定でどこまで読者を騙せるだろうか。 

「時限病棟」の内容

目覚めると、彼女は病院のベッドで点滴を受けていた。なぜこんな場所にいるのか? 監禁された男女5人が、拉致された理由を探る……。

ピエロからのミッション、手術室の男、ふたつの死の謎、事件に迫る刑事。タイムリミットは6時間。謎の死の真相を掴み、廃病院から脱出できるのか!?  

 

「時限病棟」の感想

アル脱出ゲームと死のリミット

 タイトル通り、死までの制限時間は定められています。時間の流れから逃れることはできないので助かるためには病院を脱出するしかありません。1階に設置された爆発物には多重にトラップが仕込まれていて、解除することは不可能です。窓やドアを自力で壊すこともできない。脱出するためにはリアル脱出ゲームに参加するしかないという状況を作り出しています。

  • 他の選択肢が思い浮かばない
  • 思い浮かんでも実現できない

 この二つが重要です。

 物語の冒頭では、様々な方法で脱出方法を考えます。ゲームに乗りながらも、他の手段も併せて考えます。しかし、他の手段を考えるほどに、それが存在しないことに気付いていきます。脱出ゲームに従うことが唯一の選択肢になるのですが、それは犯人の指示に従うことと同義です。

 命の懸かった状況で犯人の意図通りに行動していくことは危険を伴いますが、指示通りに動くしかないように追い詰められていきます。五人は爆発物の中身と量を直に見ることで指示通りに動くことを強制され、犯人の思惑は達成されていく。

 五人はリアル脱出ゲームに従って行動を始めます。行動を起こすためにはゲームのやり方を熟知している人間の存在が不可欠です。そこで倉田梓の存在が重要になります。彼女の存在は必要不可欠ですが、都合の良い存在にも映ります。

 犯人が集めた五人には共通する要素があるはずです。その上でゲームにも詳しい人物を加える必要があります。彼女がゲームに詳しいことに理由付けはされていて、同時に事件の本質に関わっている理由もあります。しかし、彼女抜きに物語は進まないほどの存在感は他の四人に比べ圧倒的に大きすぎる気もする。

 リアル脱出ゲームがどれほどメジャーなゲームなのか知りません。五人中一人だけゲームに詳しいことが不自然かどうかも分かりません。当然、犯人も知っているので、たった一人ということではないですが。

 犯人は相当に五人のことを調べています。梓がゲームに詳しいことで、ゲームに参加するしか選択肢がないように仕向けています。他に選択肢がないにしても、ゲームを知らなければゲーム自体も選択肢にならない可能性もあるからです。

 

場人物の個性

 閉じ込められた登場人物は五人+一名です。脱出のために行動するのは五人であり、全員が医療関係者です。そのことからも何らかの繋がりがあることを感じさせます。

 五人の個性は強くて独特です。一方、どこにいてもおかしくない性格とも言えます。それぞれの性格は被っていない。冷静・粗暴・穏やか・感情的・論理的。様々な側面を見せ、それらを組み合わせ個性を作り出しています。

 中心は視点となる梓です。単純に探偵役をこなすだけでなく、彼女自身も犯人の目的の一人です。五人の内の一人という重要なパートも受け持つ。彼女の見る景色が必ずしも真実で正しいとは限りません。彼女の裏に潜む秘密が、彼女の考えや行動に及ぼす影響も考えなければならない。五人にはそれぞれ役割があります。

  • とにかく拉致からの脱出することが目的の者
  • 犯人の意図を探ることが目的の者
  • 周りに合わせる者

 手段は様々ですが、最終目的は脱出で一致しています。だが、アプローチが違います。違う理由は、彼らの個性の違いでしょう。彼らの行動の違いが個性の違いも際立たせます。

 誰が犯人か分からない状況です。五人の中に犯人がいるのか。それとも五人以外の誰かが犯人なのか。彼らの個性が描き出す行動の違いの裏には、犯人に結び付く何かがあるのかもしれない。そうなれば同じく拉致された祖父江春雲は行動しないので除外されてしまいます。それがミステリーの鍵となる訳ですが、当初は予想もしません。著者の思惑通りに誘導されます。伏線が仕込まれているとも気付かずにです。

 全員が被害者だとすれば目的は同じですが、やり方の違いが不協和音を奏でます。どうやって協力し脱出するかが重要ですが、強い個性は相性次第で良くも悪くも働きます。犯人が含まれている場合は、誰かの個性は作り物です。梓の視点を通じて犯人を暴き出すことになります。もちろん梓自身も容疑者になります。個性の違いはお互いの考えを探るヒントになるとともに秘めた事象をあぶりだすことにもなります。

 彼らの言動は個性の表れです。目的のための言動であったり、隠したいことのための言動であったりします。閉じ込められた世界で発現する個性は、行動にも会話にも表れる。特に会話に表れ、そこには事件の謎を解く鍵も含まれる。

 五人の個性が全く違うことで、事件を五つの側面から見ることができます。事件の謎を推理するための材料や伏線は多く提示されているのかもしれません。

 

み合う目的

 登場人物たちの目的はふたつです。

  • 梓たちは脱出すること。
  • 拉致した犯人は、芝本の事件(自殺)の真相を暴き復讐すること。

 犯人は脱出をちらつかせることで、梓たちを誘導し目的を果たそうとします。命を人質に取りリアル脱出ゲームへ強制参加させるが、同時にヒントも出し続けます。その過程で五人の本性を明かし、過去の芝本の事件への関与を暴き出していく。五人は脱出という目的を共有していても一枚岩ではありません。そのことが犯人の思惑であり、つけ込むべき隙になります。

 ピエロのメッセージと囚われた祖父江の言葉から、芝本の自殺に対する犯人の強い憤りを感じます。もちろん犯人は自殺でなく他殺だと信じています。五人は芝本によって繋がっていて、芝本の死に対して後ろめたさを感じているように見えます。五人の内に芝本を殺した者がいるとすれば、その者だけは後ろめたさを感じておらず演技によるものになるのですが。

 犯人は他殺と信じていますが、自殺の線も消えていない。自殺だとすれば芝本に対して負い目を感じている五人を集めることで、芝本の自殺に対する強い後悔を与えることができる。そうなれば、誰もが自殺でなく他殺として犯人に責任を押し付けたい気持ちが生まれるかもしれない。真の協力は決して生まれないのでしょう。

 拉致した犯人の目的は、次の3つだろう。

  • 芝本を殺した犯人は誰か?
  • 映画監督を殺した犯人は誰か?
  • 祖父江に情報を流したのは誰か?

 全てが一人の仕業なのか。そうだとすれば目的は何なのか。映画監督を殺し、偽の情報を売ることで芝本を追い詰め自殺させたとするならば、あまりに確実性のない方法です。映画監督を殺すのならば、芝本を直接殺したほうが早い。芝本に関わりのある人物だとすれば、自身に容疑がかからないようにした策略のためだと言えるかもしれません。

 一方、全てが違う人物の仕業だとすればどうだろうか。どういう繋がりがあったのか。全てが必然の繋がりなのか。それとも偶然の結果なのか。

 芝本の死の真相を暴くために取られた手法がリアル脱出ゲームである必要性も考える必要があります。どのようにして真相を暴くのか、ゲームを進める過程で何が起こるのかを予想していくことになります。

 拉致した犯人の思惑と芝本の事件の繋がりと五人の行動がもたらす結果。芝本の死に直接関わったのは誰なのだろうか。徐々に明かされていく芝本との関係性に、物語の行く末はなかなか見えてきません。

 

の能力

 舞台は絶体絶命のクローズド・サークルです。逃れるためにはピエロのメッセージを辿るしかありません。そのためにはリアル脱出ゲームに詳しい梓が中心となりメッセージの真意を読み解いていかなければならない。しかし、ゲームに慣れていること謎を解くことは別物ではないだろうか。

 彼女の推理力と洞察力はゲームマニアの域を超えています。純粋にメッセージを読み解くのではなく、背後に潜む芝本の意図を読み解くことができます。だからこそ、彼女の推理はことごとく当たるのだろうか。梓が抱く芝本への思いが相当に大きかったことが理由なのでしょう。

 梓が主体となりゲームは進んでいきます。誰かが主体になる必要はありますが、あまりに彼女に頼り過ぎです。背後に犯人の誘導があったとしても、梓の能力はあまりに過大過ぎます。芝本との間に何があったかは別にして、病院から脱出しなければ死が待つだけです。梓に全てを頼ってしまうのは違和感があるし、どんな形でも自分の考えで動こうとするのではないでしょうか。

 梓のリアル脱出ゲームの能力と知識は、四人が認めるところです。ある程度頼るのは理解できるが、度が過ぎている。梓もゲームを解く以上の推理力を発揮し過ぎています。彼女はメッセージを読み解くとともに、

  • 今回の事件の背景
  • 芝本の自殺の真相
  • 四人の関係

 いろいろなことに推理を働かせます。ゲームマニアであっても看護師に過ぎない梓には過ぎたる能力です。命の懸かった状況での冷静さも気になります。梓に能力がないと物語は進みませんが、高すぎることに違和感を覚えます。

 

終わりに

 結末の展開は意表を突かれました。刑事の捜査により、七海香が拉致の犯人であることは明かされます。犯人の正体と意図が分かってくるにつれ、今までのピエロのメッセージの意味も分かってきます。

 犯人が分かり、芝本の自殺の真相も分かります。かと思えば、最後に大どんでん返しが訪れます。祖父江の存在が最初から仕組まれていたことに気付けるだろうか。どこかに伏線があったのかもしれないが気付くことはできなかった。刑事の捜査で徐々に芝本の父親像が見えてきますが、伏線というよりはいつ読者が気付くかなのでしょう。刑事の捜査で徐々に情報が開示されていきます。

 結末の展開には驚かされたので、それだけでも一読の価値はあります。ただ、会話で物語を成立させているので登場人物の台詞はくどい印象を拭えません。