こんにちは。本日は、伊坂幸太郎氏の「首折り男のための協奏曲」の感想です。
7つの短編から構成されており、それぞれ独立した物語でありながら緩やかな関連性があります。首折り男で繋がっていて、黒澤で繋がっていて、若林夫妻で繋がっている。全てが一点に集束し、爽快感を得る結末ではありません。それぞれの短編で、それぞれの終結を迎えます。
引き込まれる短編もあれば、そうでないものもあります。面白い短編もあれば、それほどでないものもあります。微妙な関わり合いを持つ物語同士なので、必ずしも他の短編のために必須ではありません。物語が続いていないので、短編ごとの感想も違ってきますし、読み応えもかなり違います。
タイトルは恐ろしいし、首折り男の存在も恐ろしい。殺人、いじめ、復讐など物騒な話が多い。それでいながら日常感があります。非日常的にならないところが不思議です。
「首折り男のための協奏曲」の内容
被害者は一瞬で首を捻られ、殺された。殺し屋の名は、首折り男。テレビ番組の報道を見て、隣人の“彼”が犯人ではないか、と疑う老夫婦。いじめに遭う中学生は“彼”に助けられ、幹事が欠席した合コンの席では首折り殺人が話題に上る。一方で泥棒・黒澤は恋路の調査に盗みの依頼と大忙し。二人の男を軸に物語は絡み、繋がり、やがて驚きへと至る!【引用:「BOOK」データベース】
「首折り男のための協奏曲」の感想
首折り男と黒澤
7編を繋げるのは、首折り男と黒澤です。黒澤は伊坂作品では重要な登場人物ですし、個性的で魅力的です。彼が登場すると物語が一気に面白くなる気がします。首折り男は登場人物の話題の中に現れることが多く、本人が登場することはほとんどありません。「濡れ衣の話」で登場した男が「首折り男」だと思わせるくらいです。
首折り男は物語に影響を及ぼす重要なパーツです。「首折り男の周辺」では、首折り男自身は登場しませんが、彼の存在が物語の骨格を形成します。物語の視点となる黒澤と首折り男では存在の仕方は全く違いますが、それぞれ物語の主軸を成す存在です。
「首折り男の周辺」は3者の視点で描かれ、複雑に絡まり合い結末へ至ります。最初の短編なので、首折り男の性質や能力、外見などの紹介も兼ねています。首折り男の人物設定がされないと、間違われた男の行動の不自然さや彼が抱く憧れが理解できません。ただ、首折り男は死体で登場することになる訳ですが。
「濡れ衣の話」でも首折り男と思われる人物が登場します。連作と思わせますが、物語は続いていません。あくまで独立した物語です。「轢き逃げと殺人の現実感」と「時空を超えるという非現実感」。その組み合わせに納得感を得られるかどうか。結末はよく分からない状態で終わります。
「僕の船」で黒澤が登場します。直接的に影響を及ぼし合うことはありませんが、首折り男と黒澤が若林夫妻で繋がります。この後、黒澤が短編を繋げていき、窪田へと繋がっていきます。物語を繋げる役割が黒澤から窪田へと移り、リレーのような繋がり方をしていきます。
「合コンの話」で首折り男が再登場し、首折り男で始まった物語が首折り男で終わります。各短編は微妙な繋がりを見せますが、物語は独立しています。短編ごとで好みが分かれる所以です。
理不尽と救済
理不尽な境遇にいる人が多く登場します。いじめの対象だったり、轢き逃げの被害者遺族であったり、殺されたかもしれない側近であったり。黒澤も少しだけ理不尽な状況に追い込まれます。大きな理不尽から小さなものまで、世の中には理不尽が溢れています。
理不尽さは様々な外的要因によって、ある程度解決されます。ただ、自力で解決できないものとして受け入れ耐えるしかないようにも感じます。自力と他力の両方が組み合わされば完全に解決できるのかもしれないが、それでも運が良ければでしょう。
「人間らしく」でクワガタの世界が描かれます。クワガタの世界で世の理不尽と救済を描いています。クワガタの世界と人間社会を「神」という存在で繋げるのは意外性がありますし、納得できる部分もあります。神の存在を信じるか否かが前提になりますが。窪田はクワガタの世界にとっての神ですが、彼は現実に存在しています。だからこそ彼の気が向いた時に助けることができます。世界は自身の努力だけではなく、意図せぬ外界の力があって状況を変えます。確かに、世界は意外な展開・解決を見せることがあります。偶然で片付けるよりも面白いし想像力が働きます。
神の存在が理不尽からの脱出に必要ということは、自身の努力だけでは解決できないのが現実の理不尽だと認めることになります。それだと救いがないようにも感じてしまいます。一方、黒澤は自身の力で切り抜けていきます。そのことが、黒澤の力と魅力的な部分を強調します。神の必要性を示唆し、黒澤の魅力を際立たせているのかもしれなません。
「合コンの話」
合コンの真実を見せつけられているように感じます。勝手な想像ですが、著者の経験も反映されているのかもしれません。合コンに参加する人たちの思いを生々しくコミカルに描いています。
合コンの本来の目的は恋人を作ることですが、必ずしも全員がそうでないことが面白さを増します。合コンに有りがちな数合わせや付き合いに加え、それ以上の目的を潜ませているから引き込まれます。元恋人との遭遇も、なさそうだがありそうな気もします。それぞれの思惑のぶつかり合いが合コンという戦場を作るのでしょう。和やかなようで、裏側の駆け引きや作戦は目を瞠ります。
彼らの日常も背景に描いているから、単なる合コン以上の面白さが出てくるのでしょう。結末に首折り男を持ってくるところが憎らしい。
終わりに
それぞれの話は面白い(短編によりますが)し、心に響く名セリフも登場します。根柢に通じるテーマは、クワガタの世界で表現されています。緩やかな繋がりの短編集は好みが分かれると思います。面白いが物足りなさを感じたのも事実です。黒澤に助けられた部分が多くあった。