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『麦本三歩の好きなもの』:住野 よる【感想】|好きなものがたくさんあるから、毎日はきっと楽しい。

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 こんにちは。本日は、住野 よる氏の「麦本三歩の好きなもの」の感想です。

 

 社会人になったばかりの麦本三歩の生活を描いた日常小説です。図書館勤務をする彼女の日常は普通の日々で、取り立ててドラマチックな出来事や大きなアクシデントが起きる訳ではありません。だからこそ共感を抱く人が多いかもしれない。

 日常生活は意識せず流れます。社会人になれば自由な時間は少なくなり、決められたことを繰り返す日々です。最初は学生時代との落差に戸惑います。そんな生活を繰り返す内に、社会人に馴染んでいく。大学を卒業したばかりの麦本三歩も図書館勤務をこなしながら、社会人の厳しさを感じているだろう。

 彼女の好きなものを12編に分けて描いています。好きなものが多すぎるのか超短編で数多く描かれています。 

「麦本三歩の好きなもの」の内容

朝寝坊、チーズ蒸しパン、そして本。好きなものがたくさんあるから毎日はきっと楽しい。図書館勤務の20代女子、麦本三歩のなにげない日常。【引用:「BOOK」データベース】 

 

「麦本三歩の好きなもの」の感想 

常の中にあるもの

 繰り返される日々が日常です。しかし、同じことの繰り返しのように見えて、昨日と今日は違います。また、今日と違った明日がやってきます。その違いを感じることができるかどうかで人生が充実するかどうかが決まるのだろう。

 日常生活は楽しいことばかりではありません。辛いことや納得できないことも多い。社会人になればなおさらです。しかし、負の側面ばかりに目を向ければ楽しいことに気付きません。日常をどのような気持ちで過ごすかが重要になります。

 ポジティブに生きるか、ネガティブに生きるか。しかし、人はそう簡単に割り切れません。気持ちが盛り上がることもあれば、落ち込んでいくこともあります。ずっと楽しく過ごせればよいが、そんなことは難しい。現実はそこまで楽観的に過ごせません。

 日常の出来事は大きなものから小さなものまで、常に自分に影響を与えます。自らが招いた結果であったり、不可抗力で起こった出来事であったり。それが延々と続くのが人生です。繰り返される日常には何もないように見えて何でもあるのかもしれません。

 三歩の日常は平凡で特徴的なものはありません。それでも彼女の日常は彼女だけのものです。周りから見て平凡であっても、彼女にとっては特別な日常が続いているのだろう。

 同じような日常の繰り返しに辟易するのか、楽しむことができるのか。気持ちの持ちよう次第です。日常に含まれる自分だけの特別なことに気付くことができるかどうかだろう。特別だと思い込むことも必要かもしれません。 

 

きなものは前向きにさせる

 彼女の好きなものが各短編のタイトルです。短編を通じて彼女の生活を描き出します。三歩の好きなものに特別なものはありません。日常の中にある普通のものばかりです。そんな何気ないものであっても、好きということだけで気持ちは盛り上がります。

 仕事でもプライベートでも嫌なことは起こります。自分に責任のあることもあれば、不可抗力もあります。そんな時にどうやって気持ちを盛り上げていくか。いつまでもウジウジと悩んでいても辛いだけです。

 嫌なことに真正面から立ち向かうのもひとつの方法です。しかし、気持ちを奮い立たせ続けるのはしんどい。何か安らぐものも欲しい。それが好きなものなのだろう。

 三歩は好きなものがたくさんあります。とるに足らないものもありますが、自分がそれを好きと認識していることが重要です。好きなものがあれば、それだけで幸せになります。幸せになる機会が多いということです。

 三歩は仕事で失敗もするし、後ろめたいこともします。しかし、一度起こったことは無かったことにできません。簡単ではありませんが、折り合いをつけなければなりません。思考が後ろ向きになれば、前向きに戻すのは労力が必要です。そんな時に役立つのが好きなものだろう。好きなもののことを考えている時点で、すでに思考は前向きになっています。

 好きなものを考えるだけでは現実逃避です。好きなものをきっかけに日常全てを前向きにしていきます。三歩の日常で起こるトラブルの多くは大したことではありません。友人が自殺を考えていたのは重いが、彼女は自分の意見(意思)をしっかりと伝えた。好きなものを好きと言える性格が影響したのだろう。 

 

長と常識

 三歩は社会人になったばかりです。彼女の言動の端々から、まだまだ学生気分が抜けきっていないように感じます。どこがと明確に言えませんが、全体的な雰囲気としてです。学生から社会人になれば、状況は全く変わります。振る舞いややるべきことも社会人として責任が生じます。給料をもらうのだから当然ですが。そういうことを経験して、学生の気分から社会人に変わっていくのだろう。

 学生の視点から見れば納得できないことも多いし、自由も失われます。時間であったり行動であったりです。それらを飲み込み、消化して社会人になるのだろう。組織に属するとはそういうことです。

 その点、社会人になったばかりの三歩の思考はまだまだ学生のままです。嫌な仕事や厳しい先輩から距離を置こうとします。理解しがたい先輩や優しい先輩などと心の中で呼び、表面的な部分しか見えていません。社会人になりたての人は、三歩の気持ちに共感できるだろう。しかし、社会人になり長い年月を過ごした者にしてみれば、ただの甘えにしか見えない部分が多い。三歩は幼く、周りも見えていないのだろう。社会人一年目というのはそういうものかもしれませんが。

 社会人としての経験を通じて彼女は成長していったのだろうか。三人の先輩に対する意識や仕事に対する心構えは多少は変わっただろう。しかし、成長と呼ぶには難しい。変化したのは事実ですが。

 社会の常識に馴染んでいくことが成長とは限りません。実際、おかしいことや不合理なことは多い。変えていかなければならないこともあります。それらに対して異論を唱えるならば、現状の社会で周りから一目置かれるほどにならなければなりません。不満だけでは何も変わらない。

 

終わりに

 三歩以外の登場人物の名前は出てきません。だからこそ三歩の存在が際立つのだろう。三歩という個人の存在にはある種の気持ちよさを感じます。彼女が自分の気持ちに正直に生きているからです。悪意を抱いていないことも分かります。

 しかし、社会人として見るとなかなか共感しづらい。同じ年代にとっては大きく共感するものがあるのだろう。そういう年代の時に読んでいたら、全く違う感想になったかもしれない。