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『生きてさえいれば』:小坂 流加【感想】|きっといつか幸せが待っている

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 こんにちは。本日は、小坂 流加さんの「生きてさえいれば」の感想です。

 

 「余命10年」は、著者自身の人生を投影した作品でした。だからこそ読者の心に響くものがあったのだろう。残念ながら文庫が発刊される前に他界されてしまいましたが。本作は著者が他界された後、家族によって発見された未発表作品です。執筆時期は明確ではないですが、生きることをテーマにした作品です。 

 

  

 フィクションですが、精一杯生きることの大切さを描いているのは、「余命10年」に通じるところがあります。春桜と秋葉の恋愛に、それぞれの家族を背景を加え、死と生を絡ませながら、二人の心象を描いていきます。

 物語は現在から始まり、その後秋葉の回想がメインになり、再び現在に戻ります。しかし、秋葉の回想前と後では全く状況が変わります。秋葉の人生が再び動き出し、春桜との関係が蘇ります。秋葉の回想は、大学生の春桜から結婚を申し込まれたところから始まります。ここから始まる二人の大学生活に引き込まれていきます。 

 「生きてさえいれば」の内容

大好きな叔母・春桜(はるか)が宛名も書かず大切に手元に置いている手紙を見つけた甥の千景(ちかげ)。病室を出られない春桜に代わり、千景がひとり届けることで春桜の青春の日々を知る。学内のアイドル的存在だった読者モデルの春桜。父の形見を持ち続ける秋葉。ふたりを襲う過酷な運命とは?―。【引用:「BOOK」データベース】 

 

 「生きてさえいれば」の感想 

えない内面

 人の心は見えません。表面上見えているのは、その人の一部もしくは作られた姿だろう。なので、人の言動を信じるためには時間が必要です。また、見えない内面を人に理解してもらうのも難しい。どれだけ自身の心を伝えても伝わらないこともあります。伝わったとしても受け入れてもらえないこともある。

 春桜と秋葉の関係はまさしくそこから始まります。彼女は誰もが憧れる読者モデルです。彼女に好意を抱かない人はいないくらいの人間です。一方、秋葉は取り立てて特徴のない普通の大学生です。彼だけの特別な環境はありますが、彼女に比べれば一般人です。彼女とは世界が違います。

 春桜が秋葉にプロポーズしたのは、周りの人間だけでなく秋葉にとっても青天の霹靂だっただろう。秋葉には好きな人がいます。春桜がどれほど魅力的だとしても、秋葉にとって魅力的だとは限りません。しかし、プロポーズされれば意識せざるを得ない。

 春桜の執拗なアプローチは彼を悩ませます。周りの嫉妬や嫌がらせがあるからです。 それ以上に悩ませたのは、彼女の内面が見えないからだろう。秋葉は自分のことを理解していると思っています。彼女にプロポーズされるような理由を思い付かない。彼女のプロポーズの本心が分からない。平穏な日常の邪魔にしかならないのだろう。

 しかし、春桜を知ることは、彼女の心に近づくことになります。徐々に、彼女に対する気持ちが変化します。誰でも人の本心に触れれば、自分の気持ちも変わります。変わることが、お互いの望む方向かどうかは分かりませんが。

 春桜と秋葉は徐々に近づいていくが、必ずしも順風満帆ではありません。本心を知るということは、知りたくないことや嫌なことも知ることになります。それでも表面上だけの関係より距離が縮まるのは間違いありません。二人がお互いの距離を縮めていくのは当然の結果だろう。 

 

負うもの

 春桜も秋葉も順調に人生を歩んできた訳ではありません。不幸が身近に存在した人生と言えます。春桜は姉の冬月との関係修復を望んでいます。しかし、冬月が春桜を遠ざけるのは、彼女だけが原因ではありません。父親が春桜に示してきた態度が大きな要因です。

 父親は深く考えていなかったのだろう。末っ子は可愛いものだし、冬月は姉だからしっかりして見えていただけかもしれません。しかし、冬月にとっては父の愛情を一方的に取られていたように感じた。そのことを当然のように受け入れていた春桜に矛先が向いたのだろう。

 一度抱いた負の感情はなかなか消えません。春桜は冬月との関係を修復したい。そのために秋葉にプロポーズします。春と冬を繋げるために秋と夏を手に入れようとします。あまりに突飛な考え方で、秋葉はもちろん誰も理解できないだろう。春桜が必死だったことの表れとも言えますが。

 秋葉自身に惹かれた訳ではなく、名前に秋が含まれていたからプロポーズされたとすれば迷惑な話です。春桜と冬月の関係修復のためだけの存在だとしたら許せないだろう。

 しかし、春桜が秋葉に本心を打ち明けることで状況は変わっていきます。秋葉へのプロポーズが彼の名前がきっかけだったことを認めた上で、すでに彼に惹かれていることを打ち明けます。真の気持ちを伝えられて、心が動かない人間はいません。秋葉も春桜を受け入れるようになります。今まで見えてなかった春桜が見えてきます。二人の距離が近づくのは必然かもしれません。 

 

葉の苦悩

 順調に関係を築いていきますが、二人を引き離す不幸は突然訪れます。秋葉の両親が事故死し、妹が半身不随になります。大学生の秋葉にとって、どれほどのショックと不安だっただろうか。自分の生活だけでなく、妹の人生も背負うことになります。突然の出来事に冷静な判断はできないだろう。

 妹はまだ小さい。両親を失ったことに彼女一人で耐えることはできません。秋葉がいないと泣き叫ぶのも当然だと分かっていても重荷だろう。自分の未来さえ分からないのに、妹の人生まで背負うことは苦しい。しかし、秋葉は自分と妹の生活をどうしていくかをすぐに決めなくてはなりません。時間は止まらないし、人生は続きます。冷静に考えなくても、大学を辞めて働くしかありません。春桜と今までどおりの生活を続けることはできません。

 秋葉は東京に戻らない。東京での生活は遠い過去になってしまったのだろう。春桜は秋葉とともにいるために、彼の元に行こうとします。しかし、彼女が来れば、彼女の人生まで背負うことになります。春桜がそう思わなくても、秋葉は彼女の人生を狂わせたと思い続けます。

 秋葉は、春桜も大学も東京も全て過去のものとしたのだろう。秋葉が春桜を回想することができるのは、過去の出来事だと割り切ったからかもしれません。しかし、千景が秋葉の元を訪れることで、過去が現在になります。千景が持ってきた手紙で、過去の春桜が現在の春桜に繋がります。秋葉の中で止まっていた春桜との時間が動き出したのだろう。 

 

終わりに

 春桜と秋葉は再会を果たします。しかし、その後は描かれません。春桜の命がどれくらい持つのかは分かりません。分からないからこそ、二人はその後の人生を悔いなく過ごそうとするだろう。二人の未来は二人のものだからこそ、描かなかったのだろう。再会できた事実だけで十分な結末だと感じます。

 ただ、秋葉が千景に気付くのが遅すぎる気もします。七年経って、千景が成長したとしてもすぐに気付きそうだが。