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『PK』:伊坂幸太郎【感想】|臆病は伝染する。そして勇気も伝染する。

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 「PK」「超人」「密使」の3つの中篇から成る連作集。一度目は読み進めるほど時間軸や各話の関係性に混乱し、二度読みしました。二度読みしても、全ての繋がりを理解し納得できたかと言うと、疑問点も多々残ります。私の理解力の問題なのかもしれませんが。「PK」と「超人」の関係性は「密使」で明かされるので、一度目よりは理解できたような気がします。ただ、余計に繋がりが分からなくなる部分もありました。各話の中でも、登場人物と時間軸の繋がりに違和感を感じる部分もあります。登場人物自体が謎に感じる場合も。

 読み終えた時に、パズルがぴったり嵌まり込むような爽快感を感じる小説ではないと感じます。その分、いろいろなことを考えながら読み進めることになるので、面白いと言えば面白い。私の解釈と感想と疑問点などを適当に書いていきます。 

「PK」の内容 

人は時折、勇気を試される。落下する子供を、間一髪で抱きとめた男。その姿に鼓舞された少年は、年月を経て、今度は自分が試される場面に立つ。勇気と臆病が連鎖し、絡み合って歴史は作られ、小さな決断がドミノを倒すきっかけをつくる。三つの物語を繋ぐものは何か。読み解いた先に、ある世界が浮かび上がる。【引用:「BOOK」データベース】 

「PK」の感想

「PK」

 「PK」で混乱を生じた原因は、登場人物の関係性です。いくつかの年代を舞台に描かれます。それぞれの年代は登場人物によって繋がれ、一連の流れとなっています。小説の構成は時間軸通りではなく、時代を前後しながら語られます。とりあえず時間軸に合わせると、

  • ある作家が、小説の改稿を強制されている年。
  • 大臣が30歳の時、ベランダから落ちた子供を救出した1984年。
  • カタールで行われた2002年ワールドカップのアジア予選(イラク戦)の2001年。
  • 大臣が幹事長から偽証を強要されている2011年。また、彼は「ワールドカップ予選における謎」の調査も行っている。

 ある作家の話の年代は明確にされていませんので、登場人物の関係性から想像するしかありません。

 大臣は幼稚園の頃、作家の父親から躾けのために「次郎君」の恐怖話をよく聞かされています。例えば、ゲームのやり過ぎで目にゲームの色が付いたり、ミシンで指を縫い付けたり。次郎君は作家である父親の友人という設定です。もし作家が大臣の父親なら、小説の改稿を迫られていたのは1957年から1959年くらいでしょうか。しかし、次郎君の話にはテレビゲームが登場したりします。素直に大臣の父親がある作家と断定していいのかどうか。

 そして最大の謎が、大臣の秘書官です。「PK」の最後で秘書官が、ある作家が用いた次郎君のエピソードの体験をしていることが発覚します。

 「次郎君=秘書官」となれば、秘書官は80歳前後になってしまいます。その年齢は有り得ない。そうなれば、ある作家は大臣の父親ではない。では、大臣が父親から聞いた次郎君の話と、ある作家が話した次郎君の話が一致するのは何故か。

 「次郎君≠秘書官」となれば、ある作家と大臣の親子関係は成立します。では、次郎君のエピソードと秘書官の過去が一致するのは偶然にしては有り得ない。 

「超人」

 「超人」と「PK」は、似ているようで異なる。大臣と秘書官の関係もそうですし、ワールドカップが日韓ワールドカップになっています。「PK」との違いは、あらゆるところに存在します。それは別にして「超人」は日韓ワールドカップの開催という現実に即していながら、物語自体は現実的な話ではありません。本田毬夫に届く未来予知のメールや青い服を着た超人(スーパーマンを表現しているだけですが)など。また、本田毬夫が殺人を犯している点など現実感がない。「超人」で描きたいのは何だったのだろうか。

  • 本田青年に届いた大臣の未来のメール。
  • 大臣が本田青年に会ったことにより行う決断。

 「超人」は、「密使」を読むことで理解できる物語だと思います。「超人」単体では、メールの謎も青い服の男の謎もよく分からない。 

「密使」

  「密使」で、「PK」と「超人」の関係性が明らかにされているのでしょう。と言っても、一読しても理解できませんでしたが。

 「密使」では、将来、世界に蔓延する耐性菌を防ぐことが目的です。そのために登場するのが「ゴキブリ」。伊坂幸太郎の作品には良く登場する昆虫です。著者は、ゴキブリの圧倒的な存在感を作品に利用することが多い。「PK」と「超人」の違いの根源が、ゴキブリにあることが明かされます。

 青木豊計測技師長は、耐性菌の蔓延を防ぐためにゴキブリを過去に送ろうとします。何故、ゴキブリを送るのかは省略します。すでに、耐性菌の蔓延は予測されています。そこで、パラレルワールドを生まないやり方で、過去の一部を改変して蔓延を防ぐ。パラレルワールドを生まないという前提に立てば、「PK」と「超人」はどちらかが現実ではありません。では、どういうことなのか。どちらか一方は、青木豊計測技師長たちがシュミレーションした結果だと考えることが出来ます。では、どちらなのか。

 結果として、青木豊計測技師長はゴキブリを送ることに失敗します。となれば、ゴキブリが出なかった「超人」が現実になります。では「PK」は?「PK」は、青木豊計測技師長たちがシュミレーションしたゴキブリが実際に送られた世界ではないだろうか。

 おそらくゴキブリを送るためには、大臣の偽証が要るのでしょう。しかし、大臣は偽証を拒んでいます。しかし「PK」ではゴキブリが送られている。送られているということは大臣は偽証しており、幼児も救われていなかったということになる。

 幼児=「私」ということであれば、ゴキブリを送った時点で「私」は死んでいることになります。ゴキブリが送られたということは偽証しているはずなのに、その後の大臣は偽証を拒んでいる。整合性がない気もしますが。シュミレーションの世界なので、全ての辻褄が合う訳ではないのかもしれません。次郎君と秘書官の辻褄など、細かいところにエラーが出るのかもしれない。青木豊計測技師長のシュミレーションでは、将来、ゴキブリを送る決断を大臣が拒絶することが予測されています。そこで、小津たちにPKを外すよう強要したりもしたのでしょう。辻褄合わせは難しい。

  • シュミレーションではゴキブリを送っているが、現在送る決断を大臣がしていないので送れない。
  • 大臣に決断をさせるため、小津のPKを外したい
  • 小津がサッカーを続けるきっかけとなった大臣の救出劇をなくしたい
  • 幼児(私)を助けない 

 青木計測技師長は、ゴキブリを送ってしまうことで大臣の決断が付いてくると考えたのではないだろうか。

  • 送るということは、大臣の許可があったと仮に考える。
  • 仮に大臣の許可があったということは、大臣が偽証した。
  • 小津がサッカーを続けていない。
  • 大臣が幼児を助けていない。
  • 幼児を助けていないので、仮にだった偽証が仮ではなくなる。

 ゴキブリを送ってしまうという結果を先に行うことで、大臣の許可が自然と出来上がると考えたのでは。そこで「私」は助からなくなる。幼児=毬夫=「私」となります。

 実際に起こった「超人」はどうだろうか。大臣は将来1万人の人間を死に追いやることになっています。しかし、それは誤報となる。何故だろうか。大臣が1万人を死に追いやる理由は、耐性菌の蔓延を防がなかったからでしょう。防げなかった理由は、ゴキブリを送らなかったから。すなわち偽証しなかったからでしょう。青木計測技師長たちの計画が首尾よく実行されていない間は、大臣は偽証しない。すなわち、蔓延を止められない。しかし、未来にゴキブリを奪われることで結果的に蔓延は防がれます。その結果、メールは誤報となります。

 青木計測技師長の計画がうまくいけば、蔓延は防げます。結果として毬夫はいない。メールも届いていない。毬夫がいない世界で分岐せずに蔓延を防ぐことも出来たのかもしれません。過程をひとつ変えるだけで、未来は変わっていく。その変わり方も無数にあります。ただ、耐性菌の蔓延と分岐を防ぐ結果は変わらない。頭を混乱させながら、読んでいました。あと数回読んでみてもいいかもしれない。 

終わりに

 いろいろと考察しましたが、まだまだ理解が追い付いていません。そのため、私の書いている内容も、あやふやで分かり難い部分が多くあると思います。実際に全ての辻褄が合う正解があるのかどうか。そこに辿り着くことが出来るのかどうか。何度も読み返せば、いずれは答えに辿り着くかもしれない。爽快感とは違う読み応えが、本作にはあります。 

PK (講談社文庫)

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