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『店長がバカすぎて』:早見 和真【感想】|マジ、辞めてやる!

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 こんにちは。本日は、2020年本屋大賞第9位、早見 和真氏「店長がバカすぎて」の感想です。

 

 書店を舞台にした書店員の物語で、契約社員「谷原京子」の一人称で描かれます。第一話から最終話(第六話)までの短編六話で構成され、全てを通じてひとつの物語になっています。店長を描きながらも、書店員の現実も描いています。 

  タイトルから内容は想像できます。ただ、バカに愛情が込められているかどうかで印象はかなり変わります。谷原京子から見る店長は仕事のできないただのバカなのか。それとも彼女の狭い視野のせいなのか。店長の真の姿を謎めいて描くことでミステリアスな側面も描かれます。 

「店長がバカすぎて」の内容

谷原京子(契約社員、時給998円)「マジ、辞めてやる!」でも、でも…本を愛する私たちの物語。【引用:「BOOK」データベース】  

 

「店長がバカすぎて」の感想

店員の現実

 書店の裏側に切り込んだ作品です。本が好きな人ならば、誰でも本の素晴らしさを知っています。しかし、本が好きなこと売ることは別物です。好きな本だけを売るわけにはいかないし、客商売は難しい。

 書店の難しさは別のところにもあります。私は本の流通の仕組みを詳しく知らなかったが、取次・版元などややこしい。取次が出版社と書店を繋ぎますが、売りたい本が希望どおり手元に届かないのはもどかしいでしょう。

 再販制度もあまり詳しくありませんが、売れなかった本を返品できることは知っていました。そうなれば確実に売り切ってくれる書店に本を大量に回すことは当然です。経済の原則です。一方、小さい書店にとっては売りたい本・売れる本が入手できなくなってしまう現実が立ちはだかります。舞台になる武蔵野書店は中規模くらいの書店のようですが。

 書店員のやりがいは好きな本を店頭に並べて売ることでしょう。しかし、商売だから売りたくない本や興味のない本も売らなければなりません。報奨金の制度が欲しくもない本を売ったり買わされたりする一因にもなっています。

 本を売った結果として報奨金が支払われるのであれば問題ありませんが、報奨金が目当てになるとややこしくなります。本来は売ることの次に報奨金がくるはずですが、報奨金のために売ることになってしまいます。報奨金は出版社に対する貢献度の指標になるのかもしれません。作中のように、確実に売るために書店員にも買い取らせる現実もあるのでしょう。ただ、自腹を切る辛さは理解できますが、報奨金は書店に限ったことではありません。

 書店の給与の低さも特筆すべきことでしょうか。契約社員である谷原京子の給与は10万円台であり、生活はギリギリです。書店は利益率が悪いのでしょう。一冊万引きされると取り戻すために何冊も売らなければなりません。しかし、契約・派遣社員の給与が安いのは書店に限ったことではありません。決して良いことではないのですが。

 書店の裏側を知ることができたのは新鮮ですが、彼女の抱く不満は書店員だけに限ったことではない印象です。書店の厳しさは伝わるし気の毒な面もありますが、現実が厳しいのはどの世界も同じです。

 

会は理不尽に満ちている

 思い通りにならない理不尽さが不満を生みます。書店独自の理不尽さも多く描かれています。再販制度もひとつです。

発行元⇒発売元⇒取次⇒書店

 この仕組みが入荷を制限し、書店との力関係も決めています。必ずしも書店の力が弱い訳ではなく、本を売る力のある書店は発言力も大きいでしょう。

 他の業種と違うのは本の価格が一律な点です。どの書店でも同じ金額で本を売るならば、品揃えの違いが書店の大きな違いになります。本を自由に入荷できない書店は品揃えで独自性を出す必要があります。武蔵野書店のポップカルチャーも経営戦略のひとつです。文芸担当の谷原は不本意に感じているかもしれませんが、武蔵野書店の戦略としては間違っていません。

 入荷したい(売りたい)商品が入荷できないのは書店だけではありません。発売元は売りたいから、確実に売ってくれる販売店に卸します。当然のことを理不尽と断ずるのは責任転嫁です。武蔵野書店の実績を積み重ねていくことで解消していくしかありません。

 実店舗の書店だけではなく、ネット販売も大きなライバルです。品揃えは敵わないし、品切れからの入荷スピードも違います。しかし、本は価格が同じであり戦う余地はあります。本以外の商品であれば価格でも勝負しなければならず、無店舗販売のネットに立ち向かうのは厳しい。再販制度は必ずしも悪い面ばかりではないかもしれません。

 それでも理不尽と考えるのならば変える努力をしなければなりません。様々な制度は社会に適合した時期があったからこそ存在しています。谷原京子が書店のシステムを理不尽と感じているのなら、他人や仕組みに文句を言うのではなく変える努力をするべきではないでしょうか。

 また、客商売をする以上、理不尽な客は避けて通れません。無理難題を吹っ掛けたり、単にクレームを言うだけの客は存在します。避けられない問題ですが、無条件に受け入れる必要もない。店と客の立場は対等であり、対価に見合った商品を販売するだけです。上下関係はありません。そうは言っても売る立場は売りたいから、なかなか簡単ではないですが。

 書店に限らず世の中は理不尽に満ちています。思い通りにならないことが理不尽ならば、ほとんどが理不尽なことです。それも自分中心に考えているからであり、他人から見れば自分自身が理不尽の原因になっているかもしれません。文句を言うだけでは何も変わりません。文句を言いたい気持ちも分かりますが。

 

長はバカなのか

 タイトルは店長になっていますが、小説家・弊社の社長・営業・神様(客)など対象は様々です。最終話は自省の意味も込めて「私自身」になっているのでしょう。全ての短編の根底に店長のバカさが流れています。もちろん谷原京子から見た評価です。

 「バカ」という言葉は使い方次第で印象が変わります。愛情があるかどうかです。バカは人を見下す言葉ですし、決して気持ちの良い言葉ではありません。感情的に使われる言葉です。

 店長がバカの理由は、無駄な朝礼・仕事ができない・深く考えないなど、いろいろあります。最も大きな理由は空気を読めないことでしょうか。バカとは違う気もしますが、谷原京子がそのように考えている印象があります。

 様々なシチュエーションで、店長がバカと言われている理由が描かれます。特に「朝礼」が象徴的です。時間のない時の長い朝礼や意味のない内容です。ただ、朝礼自体に意味がないのか、店長の話に意味がないのか不明瞭です。客商売では朝礼のあるところは多い。業務連絡も含め情報共有や意思統一など役割は大きい。完全に不要という訳ではありません。

 店長の朝礼はくだらない話と意味のない本の紹介ばかりであり、店長のバカさ加減を強調するために存在します。ただ、朝礼というシステムの不要さと店長の意味のない話の不要さが混在します。朝礼が不要であれば、店長の話の全てが不要です。しかし、情報伝達の手段として朝礼は必要です。問題は受け取り手の意識です。

 実際、店長は有能なのかどうか。武蔵野書店に大きなトラブルは起こりません。欲しい本が入荷しないのは、店長の責任ではなくシステムの問題です。一回目のサイン会にしても、本命は逃したが富田暁を呼んでいます。中規模書店で招くのは大したものではないでしょうか。現実的な行動力はあります。

 行動の背景に本に対する愛情を感じないから、谷原京子は正しく評価できないのかもしれません。店長は、谷原京子が文芸に対して抱く愛情と同じものを持っていません。だからと言って悪いことではありません。雇われ店長と言えども経営状態を考えなければならない。店長は調子よく現実的に立ち回ります。「もしかしたら有能では?」ではなく「有能」に見えます。

 谷原京子は自身が抱く文芸への愛情が絶対的に正しいと思い込んでいるのではないでしょうか。自身が正しいと思っているから店長がバカに見えるのでしょう。確かに店長は空気を読めないですが、エイヒレで日本酒を舐めている姿の何が悪いのでしょうか。谷原京子は自己中心的で自分勝手な考え方を持っています。誰かをバカにするたびに、谷原京子の偏った意識が垣間見えます。谷原京子が持つ感性が間違っている訳ではあります。ただ、自分の感性や考え方と違うことで他人をバカにすることはできません。まして人間性まで否定することはできない。

 どの短編も、彼女に視点に立てれば、納得し共感できるでしょう。書店員ではなく、彼女自身の視点としてです。自己中心的で他人をランク付けしたがる性質は、彼女の素の人間性が出ていてリアリティがあります。しかし、彼女に共感しづらいのは、店長をバカと感じることができないからです。店長は積極的に行動しているので有能だと思います。

 

きなことなのに・・・

 谷原京子は、本が好きで書店員になったはずです。ただ、先述したように、本が好きなことと本を売ることは別問題です。好きな本だけを売っていては経営は成り立ちません。書店・発行元・発売元・取次の利害が絡み合い、文芸に限らず雑誌や漫画も売らなければなりません。

 それでも書店員になりたいのは好きな本に携われるからでしょう。不本意な部分があったとしても、社会で働くからには当然のことです。そこに折り合いをつけなければならない。好きでない本も売らなければならないとしても、好きな本も勧めることはできます。一部の人であっても、自身の思いを伝えることができます。

 伝え方は様々です。本の陳列やPOPや客との交流を通じて情報を発信していけばいい。出版業界の仕組みが思い通りの行動をさせないとすれば、変えていく努力をすればいい。簡単に変わるものではありませんが動かなければ変わりません。

 「好きなことを仕事にする」ことと「好きに仕事をする」ことは別です。好きなことでも仕事になれば嫌な面も見えてきます。それも含めて仕事を好きになってこそ、本当に好きなのでしょう。

 谷原京子が本に対して抱く愛情は伝わってきます。しかし、好きな作家や作品ばかりにとらわれています。新刊であっても気に入らないものは勧めません。自身の感覚に訴えない作品であっても、他人に響くものもあります。気に入らないからといって紹介も勧めもしないことは、好きなことをしているのではなく好き勝手をしているだけではないでしょうか。そして思い通りにならないと不満を言います。自分の視点だけで見ていては愚痴も出ます。

 

終わりに

 谷原京子に共感できれば面白いでしょう。書店や店長に対する振る舞いも楽しく映り、自分のことのように笑えるはずです。谷原京子の感情や言動は素直でリアリティがあります。実際にその立場に置かれたら同じ言動を取ってしまうかもしれません。

 しかし、バカという他人を見下す言葉と態度に馴染めません。彼女に悪気はなく、思ったままの感情を表現しているのでしょう。ただ、気持ち良さはありません。書店員の思いというよりは、谷原京子の愚痴と勘違いの印象を拭えません。バカと言っていた店長に気持ちが移る過程も違和感があります。