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『関ケ原』:司馬遼太郎【感想】|天下分け目の合戦はいかにして起きたのか

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 映画「関ケ原」を観た後に、原作の「関ケ原」も読んでみようと思いました。本格的な歴史物を読むのは久しぶりでしたが、思い切り引き込まれてしまいました。かなりの長編なのですが、息をつく暇がないという言葉がぴったりです。小説は秀吉の死が近づいた頃から始まり、関ケ原で石田三成が破れ斬首されるまでです。
 戦国時代から大坂夏の陣・冬の陣までは、大河ドラマや時代劇の舞台として頻繁に登場します。なので、歴史的事実としての関ケ原に至るまでの経緯や対立構造は知っていました。小説は、そこに登場する武将達の生き様も赤裸々に描いています。歴史的事実に基づいて、武将たちの個性を限りなく際立たせています。小説なので、脚色や創作された部分も多くあると思います。しかし、登場する人物たちの本質は、この小説で描かれている通りなのだと感じます。 

  ちなみに、映画はこのブログで酷評しました。原作を読んで、この長編の壮大なボリュームの小説をよく2時間の映画にしようと思ったものだと、逆に感心してしまいました。製作する前から、無理があったような気がします。 

「関ケ原」の内容 

秀吉の死後、天下は騒然となった。太閤の最信任を獲得した能吏三成は主君の遺命をひたすら堅守したが、加藤清正、福島正則ら戦場一途の武将たちは三成を憎んで追放せんとする。周到な謀略によって豊家乗っ取りにかかった家康は、次々と反三成派を篭絡しつつ、上杉景勝討伐の途上、野州小山の軍議において、秀頼の命を奉ずる諸将を、一挙に徳川家の私兵へと転換させてしまう。
天下取りの見果てぬ夢を追い求めて関ヶ原盆地に群れ集った10数万の戦国将兵たち…。老獪、緻密な家康の策謀は、三成の率いる西軍の陣営をどのように崩壊させたか?両雄の権謀の渦の中で、戦国将兵たちはいかにして明日の天下に命運をつなぎ、また亡び去ったのか?   

小説内における主要な登場人物たちの描かれ方  

軍 

  • 徳川家康・・・秀吉が死んだことにより、天下取りを目論む家康の権謀術数はすさまじい。豊臣家を衰退させるためにあらゆる手を使い、内部分裂を図る。そのために利用されたのが石田三成という訳です。
     戦国の戦場を駆け巡った武将でありながら、老獪というべき政治力を発揮しています。人の心の動きを読み、自分に有利に働くように誘導する。最も現実的な考え方により行動を起こし、耐えるときには耐え続ける。天下を手に入れるためには、どんなことでも周到に準備するあたりが、従来から私が抱いていた家康像と合致します。ただ、想像以上の計算ぶりでしたが。 

 

  • 本多正信・・・徳川家随一の謀臣です。本多正信が、緻密な謀略を練っていたと思っていました。しかし、読み進めるうちに家康と正信がともに策を練り上げていく印象でした。どちらかというと、家康の方が一枚上手といったところです。もちろん、その家康の心を読んで動くあたりはさすがです。ただ、表舞台には出てこない裏方としての才能です。重用されていますが、戦場で働く武将とは相性が悪かったようです。
     家康に心酔し、家康が天下を取ることを心から望んでいます。その天下取りの筋書きを描くことが、彼の生き甲斐であり喜びでもあります。家康を稀代の舞台役者であると考えているあたりが謀臣だな、と感じさせます。 

 

  • 福島正則・・・秀吉に幼少の頃から仕え、豊臣恩顧の筆頭格と言ってもいい大名です。しかし、官吏である石田三成を強く憎みます。その憎しみ方は尋常ではありません。彼が三成憎しの一事だけで家康に味方したことにより、形勢は一気に東軍になる訳です。その豊臣家の内部対立を利用するあたりが家康の策略のうまさです。
     正則の気性の激しさが、そのまま三成に対する憎悪になっています。彼の行動が豊臣家に何をもたらすか。そのことに頭が回らない。家康にとっては、豊臣家分裂のために最も重要な大名であったと言っても過言ではありません。

 元々、家康の家臣であった武将としては、井伊直正・本多忠勝などが有名です。ただ、それほど重要な役回りを描かれている訳ではありません。 

 東軍に味方した武将には福島正則以外に、黒田長政・池田輝政・細川忠興・加藤清正・加藤嘉明などがいますが、福島正則ほどの存在感を示していません。黒田長政は家康側につき豊臣恩顧の大名の調略や関ケ原での活躍など、それなりの存在感はありますが。   

西軍 

  • 石田三成・・・たった19万石の大名である石田三成が、255万石の大大名である徳川家康に戦いを挑む。その理由は、秀吉の恩義に報い秀頼を守って豊臣家の天下を安泰にするため。その障害が家康です。豊臣家のために義を尽くそうと必死になっている姿が、物語を通じて描かれています。最初から最後まで、三成は自分のために行動をすることはありません。豊臣家のためだけに行動するのです。
     しかし、豊臣家のために行動すればするほど周りとの確執が広がっていく。三成は、自らの理想を押し付けすぎたのでしょう。その押し付けが豊臣恩顧の武将ですら、「反三成=親徳川」へと寝返らせた。理想を信じるあまり、人間を理解できない。そのような人物として描かれています。 

 

  • 島左近・・・「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」
     この言葉は有名です。島左近の名前は以前から知っていましたが、詳しい人物像はこの小説で初めて知りました。三成の家臣でありながら、三成の師でもあるように感じます。
     彼ほど三成を理解し、なおかつ人間を理解している武将はいない。三成の理想と現実の乖離を理解していながら、なかなか思うように三成を諭せない。三成の頑固さが物事を困難にしていくのを分かっていながら、それでも最善の方法を模索していく。家康と並ぶほど、世の理を理解していた人物だと感じます。 

 西軍は、家康に内応した武将が多い。なので、純粋に西軍として三成に加担した武将は数少ない。大谷吉継、小西秀長、宇喜多 秀家、安国寺恵瓊などでしょう。上杉景勝は西軍として参戦していませんが、三成と呼応して戦いを起こしていますので反家康という点では三成側です。   

 関ケ原の感想  

 家康と三成の抗争が関ケ原の戦いという大合戦に至るまでの物語。もちろん、主役は東軍の「徳川家康」と西軍の「石田三成」です。ただ、西軍の総大将は「毛利輝元」です。 

 関ケ原の戦いは五大老筆頭の徳川家康と五奉行の石田三成の戦いであり、あくまで豊臣家内部の権力抗争です。家康は天下を取ることを念頭においていますが、豊臣恩顧の大名を懐柔するために豊臣家を滅亡させる意思を公にはしていません。家康と三成を中心に物語は進んでいきますが、その全てが家康の掌の上で動いています。三成の行動ですら、家康の予想の範疇であったり誘導されたりしています。あまりにも役者が違い過ぎる。そのように感じざるを得ない。

 果たして、どちらが正義でどちらが不義なのか。

 おそらく、この時代には正義も不義も重要な問題ではないのでしょう。戦国時代を生きてきた武将たちにとっては、生き残ることが最も重要なことです。家を残し家臣を守る。加えて、家を大きくしていく。そのことに腐心せざるを得ない。家康には、その心根がよく分かっている。三成には、それが分からない。この二人を勝者と敗者に分けた大きな理由として描かれています。

 三成の考え方は、現在の我々から見れば正義のように感じます。しかし、彼が義を貫き通したことで大きな戦いが起き、多くの人間が死ぬことになります。もちろん、家康の思惑として起こされた戦ですが。義を貫き通すことで、自らだけでなく多くの家臣を殺すことになる。皮肉な話です。歴史に「もしも」はありませんが、

  • 三成がいなければどうなっていたのか。
  • 西軍が勝っていればどうなっていたのか。

 そのようなことを考えてしまいます。歴史は変えようがない事実です。この小説も、変えようがない歴史的事実を基に描かれていますので、結末は分かっています。しかし、その歴史の中にはどれほどの人間が、どんな思いを持って生きていたのか。それを、読者の心に刻み付けてきます。超長編ですが、読み始めると止まらないと思います。 

関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)

関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)