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『七色の毒』:中山 七里【感想】|善人は、たちまち悪人になりえる

ご覧いただきありがとうございます。今回は、中山 七里さんの「七色の毒」の読書感想です。

犬養隼人シリーズの第二作目。七つの短編で構成された短編集です。犬養の活躍もあるのですが、それ以上に人間に潜む闇の部分を浮かび上がらせる構成です。その闇をタイトルで「毒」と表現しているのでしょう。

各短編のボリュームは少ないです。あっという間に読み終わってしまう程度です。その中で、事件の始まりから解決まででなく、その裏に潜む真相にまで切り込んでいきます。犬養が優秀だからこそ構成できるストーリーなのでしょう。

事件を起こすのは人間です。そして人間は必ずしも見た目どおりではありません。心の奥に何を潜ませているか分からない。

警察は心を裁くことはできません。あくまでも、起きた事件の具体的な事象についてだけです。しかし、真実は起きた事象の向こう側にあるのでしょう。向こう側をみることが、物語のどんでん返しとして存在しています。

短編ごとの感想ではなく、全体を通して感じたことです。事件が多様なので、一貫した感想になっていないかもしれません。

「七つの毒」のあらすじ

中央自動車道を岐阜から新宿に向かっていた高速バスが防護柵に激突。1名が死亡、重軽傷者8名の大惨事となった。運転していた小平がハンドル操作を誤ったとして逮捕されるも、警視庁捜査一課の犬養は事故に不審を抱く。死亡した多々良は、毎週末に新宿便を利用する際、いつも同じ席に座っていた。やがて小平と多々良の過去の関係が明らかになり…。【引用:「BOOK」データベース】

 

「七つの毒」の感想

の闇

各短編は事件の内容も登場人物も全く違います。事件自体に共通点はありません。しかし、事件の背後には誰かの心の闇があります。闇は自己中心的な悪意から生まれるものもあれば、追い詰められた日常から生まれるものもあります。心に闇を生み出すのは、何も悪意だけではないということです。人の心は善悪だけで割り切れるほど単純ではないということでしょう。その複雑さがあるからこそ人間だと言えます。

人を傷つけたり、命を奪ったりするのは相当な精神力と覚悟が必要です。その原動力となり得るのはやはり悪意なのでしょう。また、時には愛情も心の闇を生むこともあります。この辺りは読んでいただかないと分からないと思いますが。

誰の心にも悪意が潜んでいます。それを表面化させるかどうかで、犯罪に手を染めるかどうかが決まります。法律的な犯罪だけでなく、倫理的な罪も含めてです。一度闇に染められた心は、元に戻ることはありません。

「七色の毒」の意味は、毒が心を染めていくことを表現したのかもしれません。各短編もタイトルの色に応じた内容になっています。一度染まった心は元に戻らないことも表しているのでしょう。

元に戻らないことに呵責を感じない者もいれば、後悔する者もいます。後悔しても起こってしまったことは戻せないのですが、やり直せる可能性はあります。一方、毒に染まった心を楽しむような者もいます。そういう人間には救いはないかもしれません。

心の闇を抱える可能性は誰にでもあります。その闇は消えません。しかし、闇を抱えたままでも正しく生きていくことはできます。しかし、表面化した闇は、人の手に負えるものではないのでしょう。その境界線を越えるかどうかで人の生き方は決まってしまうのかもしれません。

 

けない罪と罰

裁くことができる罪は、当然ながら法律に記載していることだけです。事象として実際に起こった出来事に当てはめることになります。人を殺した者は殺人犯であり、法律が裁きます。

警察の捜査は、事件を起こした犯人を捕まえることです。そのために物証や目撃を集め、犯人が見つかれば解決します。実際、犯人が逮捕されれば事件は終結します。

心に対して罪は問えないのかと言えばそうでもありません。犯人の動機は罰の量刑を決めるのに重要な要素になります。また、他人に事件を起こさせるための動機付けも教唆として罪になります。厳密にいろんな条件があるのだと思いますが。

しかし、人を殺したいと思っただけでは罪になりません。心に対して法律は罪を認めていません。教唆も明確に事件と関連付けなければ罪に問えないのでしょう。その曖昧さが裁けない罪を生みます。

本作では、明確な事件の実行犯がいます。明らかに犯罪だと分かっていて罪を犯します。それに対しては法律を基に適切な罰を与えればいい。

しかし、罪に問えない関わり方をしている人物も登場します。悪意を抱き、事件のきっかけとなるトリガーのようなものを引いたのに罪に問えない人物です。そのトリガーは不確実性を持っています。だからこそ罪に問えないのかもしれません。

罪に問われないということは、罪を償う機会もないということです。犯罪のきっかけを作ったと自覚している以上、その罪と向き合っていかなければなりません。そして、罰を受けない罪は一生消えません。償えない罪は大きな重荷となって人生に付き纏うでしょう。

法律で裁けない人間が登場します。彼らが行ったことは完全犯罪と言えます。もし、ばれたとしても、現在の法律では裁けないことも知っていたはずです。だからと言って、彼らの全員が冷酷な犯罪者という訳ではないでしょう。冷酷でないからこそ、この先の人生が辛く苦しいものになるのかもしれません。

 

件の見えない真相

登場する事件は、表面的に見えているだけの単純なものではありません。事件は人が起こします。人は表面上では分からない内面を抱えています。誰もが秘密を抱えていると言ってもいいかもしれません。秘密を持つこと自体は悪いことではありませんが、悪意のある秘密は人間を蝕みます。

犬養は、その悪意を感じ取ることができるのかもしれません。感じ取るというよりは見抜くと言ったところでしょうか。男の嘘を見抜くのは警視庁でも随一という人間です。表面上では見えない内面を覗き見ることで事件の真相を暴きます。女性には難しい部分もあるようですが。

刑事は事件の真相を暴き、罪に問われるべき人を探し出します。しかし、解明するためには裁けない罪を犯した者を追及していく必要も出てきます。そのことを犬養はどのように感じているのか。

法律で裁けないとしても、罪だと認識させることは意味があることでしょう。それも犬養の目的のひとつに違いありません。事件を解決する刑事でありながら、ひとりの人間として言わずにはいられない。犬養が魅力的な人物像なのは、そういう側面が見えているからです。もちろん、優秀な刑事であることも読者を惹きつける要素ですが。

 

終わりに

各短編はかなり短い。その中で事件の発生から解決までに加え、その裏にある真相まで一気に描き切ります。スピード感はありますが、物足りなさも感じます。

犬養が事件を解決していく様は気持ち良さがありますが、いきなり解決に向かってしまうような無理やりさも感じてしまいます。やはり、長編でじっくりと事件を追っていく姿の方が読み応えがあります。

最後までご覧いただきありがとうございました。