読書LIFE ~毎日が読書日和~

本を読み、感想や書評を綴るブログです。主に小説。

『江戸忍法帖』:山田風太郎【感想】|七人の忍者と対峙する一人の侍

f:id:dokusho-suki:20190205213815j:plain

 以前読んだ「甲賀忍法帖」がかなり面白かったので、本作を読みました。続編ではないのですが、同様に楽しませてくれるだろうと期待は大きかった。細かい設定は抜きにして、本作は忍者対武士と言えます。甲賀七忍と四代将軍家綱の落胤「葵悠太郎」との戦い。この八人の戦いだけでなく、悠太郎と同じ長屋に住んでいる「お縫」と甲賀八忍を送り込んだ柳沢出羽守の養女「鮎姫」が加わることにより、単なる二軸の対立以上のものにしようとしたのでしょう。

 物語自体は分かりやすく、読み進めやすい。その一方、登場人物たちの個性が、「甲賀忍法帖」ほど際立っていないように感じる。甲賀七忍はもとより、葵悠太郎も影が薄い。存在感は、お縫や鮎姫の方があった。誰を中心に描かれているのか、微妙な感があった。 

「江戸忍法帖」の内容

徳川五代将軍綱吉には世継ぎがなく、大老格として幕閣に権勢をふるう柳沢出羽守は秘かに画策するところがあった。将軍家正統の血をうけながら、足柄山中に育った葵悠太郎の出現は、柳沢を驚倒させた。前将軍の隠し子を抹殺せよとの厳命をうけた甲賀七忍。柳沢の養女鮎姫を巻き込んだ、忍法と正剣の対決。【引用:「BOOK」データベース】  

「江戸忍法帖」の感想

賀七忍の存在感

 物語の冒頭、甲賀忍者は葵悠太郎の三人の家臣を圧倒的な力量差で一気に葬ります。家臣3人も相当の手練れです。一気に甲賀忍者の強さと忍法の恐ろしさを印象付けます。彼ら七人に狙われる葵悠太郎は、家臣を失い、既に一人のみ。どうやって彼らに対抗していくのか。絶体絶命とも言える状況にあって、余裕を失わない葵悠太郎の不敵さも気になります。物語がいきなり大きく展開します。

 ここから甲賀七忍の恐ろしさが発揮されていくかと思えば、それほどでもなかったのが実感です。正直、「甲賀忍法帖」のような圧倒的なインパクトに欠けていました。七忍いますが、それぞれに印象が薄く、名前と忍法と特徴がなかなか一致しない。冒頭の圧倒的な強さは徐々に影を潜め、彼らの失策ばかりが目立ちます。 

葵悠太郎の強さが際立っているのではなく、彼ら自身がミスを重ねていくようにしか見えません。 

 彼らの忍法は常人にとっては恐ろしい術なのだろうが、その恐ろしさもあまり感じない。彼ら自身の先読みの甘さと、色恋に目が眩む不甲斐なさばかりが目に付きます。そもそも忍者にとって女は利用するものであり、それ以上でも以下でもない。それでありながら忍者でもないお縫に殺されたり、鮎姫に騙されたり。作中で柳沢出羽守が愛想を尽かすのも無理はない。後半になってくると、彼らが哀れに感じてしまうほどです。忍者の冷徹さと恐ろしさを一番感じたのは冒頭の家臣暗殺が最高潮で、そこからは評価が落ちていくばかりでした。 

悠太郎の存在感

 当初、葵悠太郎は掴みどころのない存在として描かれています。三人の家臣を殺されても、あまりショックを受けません。それどころか、江戸まで連れてきた三人に嫌気を感じている素振りもあります。物語の最初から最後まで、自身が家綱の落胤であることが疎ましくあり、表舞台に出ることを望まない描かれ方をしています。

 ただ、そんな彼が甲賀七忍と対することを決意します。そのきっかけが、お縫の弟「丹吉」が殺されたことです。同じ長屋に暮らす子供が殺されたことにより甲賀七忍を屠ることを決意する。彼が冷淡でなく、人情に厚く、命を顧みない行動も辞さない男であることが描かれます。掴みどころのなかった葵悠太郎が、一人の人間として感じられます。

 彼は、剣に関しては相当の手練れです。忍者と対峙したとしても引けを取らない。もちろん分が悪い状況ですが、対抗できない力の差でないことは分かります。一対一で作戦を練れば十分に戦えます。問題は、先述したように甲賀七忍にそれほどの脅威を感じなくなっていくことです。葵悠太郎の強さは、甲賀七忍の強さがあればこそ際立ちます。その敵が不甲斐ないので、葵悠太郎の強さがあまり印象づかない。対等に戦えば戦うほど、彼もそれほど強くないのではないかと思ってしまいます。

 強い相手がいるからこそ、それに対峙する人間も強さを表現できる。本作は、忍者対武士です。戦い方も矜持も違う存在がいかなる戦いを行うのか。そこに焦点がありますが、前提の強さに疑問を感じてしまうと引き込まれません。 

縫と鮎姫

 彼女たちの存在が、物語に面白みを加えているのは否定しません。葵悠太郎と甲賀七忍の殺し合いだけなら、単調になってしまいます。彼女たちは意図せず両者の戦いに巻き込まれますが、その後は自らの意志で道を切り開いていきます。彼女たちには彼女たちの矜持があり、決して曲げない。彼女たちの精神的な強さは、葵悠太郎や甲賀七忍にも負けないほどです。

 ただ、お縫が身軽な角兵衛獅子であったとしても、甲賀七忍を殺すことが出来るのだろうか。鮎姫にしても、深謀遠慮に長けた忍者を相手に策略を張り巡らすことが出来るのだろうか。彼女たちの存在は、物語の展開上とても重要です。ただ、彼女たちの活躍は少し度を過ぎています。彼女たちが活躍すればするほど甲賀七忍の弱さが際立ち、それに対峙する葵悠太郎の強さにも疑問を感じることになってしまいます。お縫と鮎姫は重要な役柄ですが、諸刃の剣です。必ずしも物語を盛り上げる存在には成り得ません。  

終わりに

 正直な感想は、あまり引き込まれなかった。「甲賀忍法帖」ほどのインパクトも新鮮味も感じません。ハッピーエンドですが、意外性のある展開が欲しかった。「甲賀忍法帖」を先に読んでいなければ、楽しめたかもしれませんが。