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『図書館の魔女 烏の伝言』:高田大介【感想】|裏切り者の街を駆け巡る

中世の路地

 「図書館の魔女」の続編。前作は、ニザマ・アルデシュ・一の谷の三国和睦により戦役が回避され、ニザマの宦官宰相ミツクビを失脚させたところで終わりました。三国和睦の実現で、物語を一区切りさせた印象です。宦官中常侍の失脚で、ニザマに政情不安による大きな混乱が起こることは予測されていました。だからこそキリヒトをニザマに派遣したのですが。続編を大いに期待させるエンディングでした。

 本作は、ニザマの混乱を舞台に描かれています。帝室が主導権を握ったとしても、必ずしも国が安定する訳ではない。力関係の変化は混乱を引き起こす。混乱に翻弄される高級官僚の姫と近衛兵・剛力・鼠を軸に描かれていく物語は、ミステリー要素が強い。裏切者は誰なのか?真実はどこにあるのか?謎が謎を呼びます。  

「図書館の魔女 烏の伝言」の内容 

道案内の剛力たちに導かれ、山の尾根を行く逃避行の果てに、目指す港町に辿り着いたニザマ高級官僚の姫君と近衛兵の一行。しかし、休息の地と頼ったそこは、陰謀渦巻き、売国奴の跋扈する裏切り者の街と化していた。姫は廓に囚われ、兵士たちの多くは命を落とす…。【引用:「BOOK」データベース】 

「図書館の魔女 烏の伝言」の感想

うひとつの物語

 舞台は一の谷でもニザマでもアルデシュでもありません。主要な登場人物もガラッと変わっています。情勢や時間軸は前作の流れを引き継いでいますが、別の物語です。混乱するニザマから逃れてきた高級官僚の姫君「ユシャッバ」と「ゲンマ」を始めとする近衛兵、山越えを道案内する「ゴイ」を始めとする剛力たちが辿り着いた港湾都市クヴァングヮンが舞台です。

 三国和睦は海峡に平和をもたらす。そのことに間違いはないはず。ただ、急激な力関係の変化は不幸な出来事も引き起こす。宦官中常侍の失脚は、それに連なる者たち全ての失脚を意味します。それまで虐げられていた者たちからすれば、復讐のための千載一遇の機会です。ミツクビに連なる者全てが悪とは限りません。ミツクビの権力に従わざるを得ない者もいたはず。逃亡してきたユシャッバのように、自らの意志とは関係なく巻き込まれた者もいます。

 自らの後ろ盾をなくし周りが敵だらけになった時に、どのように行動していくのか。自らの身を守るためにはどうすればよいのか。逃亡を図ることや身分を隠し潜むこと、敵側(帝室)に寝返ることもひとつの方法でしょう。しかし取るべき道は多くはない。 

失敗は死を意味します 

 マツリカたちがもたらした平和の陰には、多くの悲劇が生まれた。悪だけが粛清される訳ではありません。世の中はそれほど単純ではないのでしょう。ユシャッバと近衛兵たちは、直接的に影響を受けています。彼女たちを案内する剛力たちも命を懸けています。加えてクヴァングヮンに訪れた混沌は、暗渠に潜む孤児たち「鼠」を生み出しています。

 マツリカが成した和睦は、起こり得る悲劇を回避したと同時に新たな悲劇を作った。前作での大局的な海峡地域の物語と比べ、局地的な物語は国を構成する人々の多様さに溢れています。 

が積み重なる

 ファンタジー小説でありミステリー小説でもあります。前作に比べ、ミステリー色が強くなっています。焼かれた杣の里の謎から始まり、クヴァングヮンでの不穏な空気がもたらす謎めいた雰囲気。ユシャッバたちを逃すはずの廓が裏切りの場となっていることは、到着早々に明確にされます。

  • 誰が裏切者なのか。
  • 何が起こっているのか。

 見えてこない部分が多い。近衛兵たちが盛られた毒が、食べ物でなく酒に仕込まれていたことも大きな謎のひとつです。謎は増えていきますが、彼らがすべき行動は明確です。当初は、ユシャッバを逃亡させること。廓に囚われてからは、ユシャッバを取り戻すこと。取り戻した後は、クヴァングヮンから脱出すること。段階を踏んで物語は進んでいきます。その過程で、多くの謎が生まれていきます。解明される小さな謎もあれば、結末まで解明されないものもあります。

 登場人物にも、謎に包まれた人物がいます。隻腕のカロイは、近衛兵や剛力たちにとっては謎の人物として存在しています。前作を読んでいる読者にしてみれば、ヴァーシャであることは想像に難くない。カロイが誰の命令で動いているのかも、彼の言動の端々で分かります。しかし、カロイの目的はなかなか明確にされません。カロイ=バーシャであれば、彼の行動は悪意に染まったものではない。彼が真に企てていることが何なのかを想像しながら読み進めていくことになります。また、鼠たちが廓に狙われる理由も謎に包まれています。

 謎は書き出すとキリがないくらい存在します。積み上げられた謎は、結末で一気に解明される。納得できる謎解きもあれば、気付く読者がいるのかと疑問に思う謎もあります。 

い合う心

  姫君と近衛兵。剛力。鼠。

 彼らの人生は、ニザマの混乱がなければ交わり合うことはなかった。平時では取り繕うことが出来ることも、命の危険を感じるほどの危機が訪れた時には取り繕えない。人の本質が垣間見えてきます。近衛兵の一人「ツォユ」が剛力に抱いていた偏見は、剛力たちと行動を共にするほどに無くなっていきます。ツォユが変化していくと、近衛兵全体の意識も変わってくる。

 剛力たちは、そもそも自分たちを飾らない。彼らの行動は一貫しています。必ずしも善意からの行動ではないが、剛力として生きてきた彼らの行動は近衛兵の心を変化させたのでしょう。鼠たちとの関係も同じことです。住む世界が違うからと言って分かり合えないことはない。お互いがお互いを認めれば、真に理解し合うことができる。彼らの距離は徐々に狭まっていきます。そのことが彼らの力を強くし、追い詰められた危機を乗り越えることになります。 

細な描写

  多くの言葉を駆使して風景描写を行っています。そのことが物語のスムーズな進行を阻んでいる気がします。日常的に使わない言葉を使い、表現されています。著者にしてみれば、その言葉が最も描写するのに適しているから使っているのでしょう。私の知識が浅いことも理由だろうが、意味が分からない単語が多い。その都度辞書を引いていては、なかなか先に進みません。前後の文脈で判断できることが多いので、何とかなりましたが。加えて、詳細過ぎる風景描写が際立ちます。

  • 廓の造りや配置
  • 路地の複雑さ
  • 暗渠の繋がり
  • 建物の一部や庭園などの部分的な描写

 全体像が掴みにくい。廓の階段や蔵、施療院の焼け跡などが詳細に描かれれば描かれるほど、細かな部分にばかり目が行ってしまいます。結果、全体が見えてこない。多くの言葉を使い、様々な表現をすることは著者の作品の特徴です。前作でも、同じように表現されてました。ただ、本作では過剰な詳細さであったように感じます。風景描写に鈍重さを感じてしまいます。全ての単語の意味をスラスラと理解できたとしても、クヴァングヮンの街の全体像が頭の中にスッと入っただろうか。自問すると疑問が残ります。 

楽椅子探偵

 物語の終盤で、マツリカを始めとする一の谷の面々が登場します。カロイことバーシャが登場しているので、マツリカが登場するのは想定内です。彼女がクヴァングヮンにいる必然性のためだけに、僧院が存在しているように感じてしまいますが。

 マツリカがいないと物語に終結は訪れなかったでしょう。彼女の推理が謎の多くを解明するからですが、その姿は安楽椅子探偵のようです。バーシャから得た情報を元に推理する内容は、筋道が通っているし納得させられます。これまでの出来事にも合致します。高い塔の魔女だからこそ出来る推理なのでしょう。マツリカの本領発揮というところです。ただ、謎解きのほぼ全てをマツリカにさせてしまうのは、安易な方法だったようにも感じます。マツリカの能力の高さを表現しているのかもしれないが、ツォユやワカン、エゴンなど当事者たちの存在感を結末で薄めてしまったようにも感じます。

 マツリカがニザマにもたらした混乱を収拾するために、自ら出張ったという受け取り方も出来ます。そう考えると、マツリカが謎解きをする必要性があったとも言えなくもない。 

終わりに

 前作に比べると、引き込まれていかなかった。面白くない訳ではありません。ただ、先述した通り文章に読みづらさを感じるし、風景描写にばかり力が入っている印象を受けます。

 独立した物語なので前作を読んでいなくても分かりますが、読んでいた方が背景や人物がよく分かります。しかし、前作を読んでから本作を読むと、どうしても比較してしまいます。比較すると、やはり前作ほどではないと感じてしまいます。