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『シーソーモンスター』:伊坂幸太郎【感想】|「海族」と「山族」の対立構造を描く

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 表題作「シーソーモンスター」と「スピンモンスター」の中篇2作品が収録されています。文芸誌「小説BOC」の競作企画「螺旋」プロジェクトの作品です。8組9名の作家が3つのルールに従って、古代から未来までの日本を舞台に2つの種族が対立する歴史を描いた競作企画です。各作品は独立していますので、全てを読まないと分からない訳ではありません。

 他の作家の作品は未読なので、「螺旋」プロジェクトの一角のみを覗いた感じでしょうか。昭和バブル期と近未来を舞台にした2作品に共通するのは根源的な対立です。両作品に登場する人物もいますし、続いている事柄もあります。「螺旋」プロジェクトのルールに従っているので2作品には共通点が多い。それでも完全に別の物語です。

 伊坂幸太郎らしい安定感のある面白さと軽快さ。そして伏線の仕込みも見事です。 

「シーソーモンスター」の内容

我が家の嫁姑の争いは、米ソ冷戦よりも恐ろしい。バブルに浮かれる昭和の日本。一見、どこにでもある平凡な家庭の北山家だったが、ある日、嫁は姑の過去に大きな疑念を抱くようになり…。(「シーソーモンスター」)。

ある日、僕は巻き込まれた。時空を超えた争いに―。舞台は2050年の日本。ある天才科学者が遺した手紙を握りしめ、彼の旧友と配達人が、見えない敵の暴走を阻止すべく奮闘する!(「スピンモンスター」)。【引用:「BOOK」データベース】  

「シーソーモンスター」の感想

姑問題

 嫁と姑が対立するのは普遍的なことかもしれません。日常の些細な不満が原因のこともあれば、理由はないが根本的に合わないこともある。妻の宮子と義母のセツは、運命的に歩み寄れない関係です。板挟みになる直人の苦労は想像を絶しますが、彼らだけの特殊な話ではない。世間には溢れているでしょう。

 しかし、宮子が情報機関の元情報員ということがストーリーを面白くします。宮子は精神的にも肉体的にも一般人とは比べ物にならないくらいに訓練されています。「元」と言えども直人よりも強いはずです。だからこそ、愚直に宮子を守ろうとする直人の誠実さが際立ちます。彼が宮子の元職を知らないからですが、彼女の安全の責任を負う覚悟を感じます。

 宮子とセツの不仲の原因は不明です。不明ですが絶対的で変わることのない不仲です。保険外交員(彼曰く審判のような者)による海族と山族の話が不仲の根拠として描かれます。 

「螺旋」プロジェクトのルールのひとつが海族と山族の話です。 

 海族と山族の話が現実的な根拠に成り得るかどうかですが、理由がない不仲だからこそ根拠として寄りかかりたくなる。保険外交員はストーリーを展開させる都合の良い存在ですが。

 嫁姑問題と宮子の元職の組み合わせに加え、セツの周りで起こる多くの死が物語を不穏な空気にさせていきます。元情報員だから、セツの周りの死を調べる手段も伝手もあります。動機は不仲のセツの正体を暴きたいという個人的な思いからですが、その行動力はさすがです。

 セツの元職が宮子と同じであり、宮子にとって先輩であったことは予想の範囲外でした。私は完全に騙されてしまいましたが。明かされれば伏線は多々あります。明かされた後も二人の不仲は変わりませんが、関係性は以前とは全く違ったものになっています。 

との戦い

  見た目は普通ですが、内面は救いようのない悪人たちが登場します。著者の作品にはこの手の悪がしばしば登場します。本作では、絶対悪というほどの迫力は感じませんでしたが。善良な一般人は直人ぐらいです。同僚の綿貫さんと若院長は悪事で繋がっています。宮子とセツは元情報員。なかなか出会えないシチュエーションですが、その割には意外とすんなり受け入れてしまいます。

 直人は、綿貫さんと若院長の悪事を知ったことで自殺を強要されます。力及ばずですが、悪と戦った結果であり、立ち向かったことの清々しさを感じます。宮子の参戦とセツの共闘で危機を脱する訳ですが、逆転劇に爽快感があります。直人がギリギリまで追い詰められていることも理由ですが、彼が正しく生きようとするからこそ彼女たちの救出劇が光ります。

 宮子の危機をセツが助けることで結果的に共闘になります。直人のためとは言え、運命的な不仲の二人が目的を同一にします。二人の関係の雪解けを思わせますが、それほど単純でないのが著者らしい。行動を共にすることで、運命的に合わないことを再認識します。分かり合えないことを分かったというところです。悪との戦いで得た最大のことは、対立していても分かり合い共生出来るということでしょうか。 

和バブル期

 直人が勤める製薬会社の接待を見ると、いかにもバブル期の雰囲気です。30年ほど前に過ぎませんが、リアルタイムで経験したことのある人間は実感出来ます。逆に知識としてしか知らない世代には現実感がないかもしれません。現実だったのですが。

 取引先を接待することが目的ですが、会社の経費を使わないと損だという意識もあったはずです。取引先もそれに乗っかっていたのでしょう。誰も崩壊が来るとは思わずに、全てにおいて浮かれていました。崩壊したからこそバブルだと気付くのですが。懐かしさと馬鹿馬鹿しさはまさしく夢のようで、当時を思い出させてくれます。 

「スピンモンスター」の感想

未来の現実感

 未来社会を描く時は、作家の創造力が試されます。現在から繋げた未来を描くのか。
全く新しい世界を構築するのか。近未来か遠い未来かで変わってきますし、地球規模の出来事の有無も影響してきます。「スピンモンスター」は現在から繋がった近未来です。AI。自動運転。監視社会。どれも近い将来に訪れることを予感させます。

 AIの暴走(人間側から見れば)と開発者との対立は、それほど珍しい題材ではありません。珍しい題材でないからこそ現実感があります。AIの情報操作、見えざる手の恐ろしさが伝わってきます。

 著者は今までの作品でも監視社会の恐ろしさを描いています。見方次第では監視社会がもたらすものは安全です。一方、プライベートが崩壊します。安全との兼ね合いが必要なのは間違いありませんが、AIと監視社会の組み合わせが恐ろしさを描き出します。監視社会の設定の随所にオリジナリティがあるので引き込まれていきます。著者の力量を感じます。 

命の二人

 「シーソーモンスター」は、運命的な対立を嫁姑問題に紛れ込ませていました。「スピンモンスター」は、運命的な対立を過去の交通事故に紛れ込ませています。水戸と檜山の二人の視点で描かれますが、彼らが抱える過去の記憶は食い違っています。トラウマがもたらした精神の自己防衛で、どちらかの記憶が改竄されているのでしょうか。それともどちらも真実でないのでしょうか。

 どちらが正しいとも言い切れないまま物語は進んでいきます。記憶の食い違いは別にして、事故はお互いを被害者にしています。同じ被害者でありながら反発し合います。運命的な対立です。

 嫁姑問題は少なくとも始まりに意志があります。結婚も自身の意志だし、同居も同様です。「スピンモンスター」は交通事故という突発的な運命によって引き寄せられています。「シーソーモンスター」のような軽快さはなく、恐ろしさだけが際立ちます。記憶の違いが、二人の関係の底なし感も際立たせます。2つの作品は似ているようで全く違う。 

義は?

 対立する2人がテーマであり、併せてAIと人間の対立も描いています。水戸と檜山のどちらが正しいのか。AIと人間はどちらが正義か。

 絶対的悪に対する正義の所在は分かりやすい。ただ、水戸も檜山も絶対的悪ではありません。正義の所在を相対的に判断しなければいけませんが、どちらの視点に立つかで見え方が全く変わってきます。正義はどこに存在するのだろうか。

  • 現在の立場か?
  • 今までの人生の行いか?
  • 信念か?

 誰かが正義であり続けることが出来るのかどうかも問題になります。

 「スピンモンスター」の審判は水戸の恋人です。どちらにも肩入れせず、二人にとって公平に物事が動くように配慮します。このことは、どちらが正しいかが確かでないことを意味しています。正義の所在は二人の間では重要だが確定的ではありません。先行きの見えない不安感が読み応えとなって迫ってきます。

 AIと人間の関係は全くの別物です。支配するか支配されるか。そこには力関係のみが存在します。正義の問題とは別次元と言えます。 

終わりに

 「螺旋」プロジェクトのテーマに則りながら、全く雰囲気の異なった作品です。一方、2つの世界は連続性があり繋がっています。宮子が再登場し「アイムマイマイ」という絵本が描かれます。「スピンモンスター」のシリアスな雰囲気の中でホッと一息つけます。

軽快さと巧妙な展開が「シーソーモンスター」

先の不透明さと恐ろしさが「スピンモンスター」

 プロジェクトのルールに沿うという制限がありながらも、それが面白みとなって読み応えを与えています。