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『沈黙のパレード』:東野圭吾【感想】|沈黙の向こうに隠された真実

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 ガリレオシリーズ3年ぶりの長編作品です。「猛射つ」の改稿による「禁断の魔術」以来です。オリジナル長編作品としては「真夏の方程式」からの8年ぶりになります。ガリレオシリーズは私のお気に入りのシリーズです。物理的トリックを使いながらも読みやすい。登場人物も個性的で惹かれます。映像化の影響も大きい。

 本作では湯川たちは年齢を重ねています。年齢を重ねることは変わっていくということです。その変化が事件に対するスタンスや人間関係にも影響し、これまでと違った側面を発見することになります。小説における登場人物の魅力はとても重要です。

 本作では3つの殺人事件が起こります。 

  • 23年前の本橋優奈殺人事件
  • 3年前の並木佐織殺人事件
  • 現在の蓮沼寛一殺人事件

 並木沙織殺人事件から始まり、蓮沼寛一殺人事件、そして本橋優奈殺人事件へと繋がります。1つの殺人事件だけでトリックを見破ることは出来ません。物理的トリックよりも人間関係と感情が重要な要素になっていて、今までのガリレオシリーズ以上に人間的な部分が強調されています。科学的根拠から事件の謎を解明する湯川の姿を期待しているなら、少し拍子抜けするかもしれません。ただ、本作では湯川の推理は人間の心にまで及びます。そこに読み応えを感じます。 

「沈黙のパレード」の内容

突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は?アリバイトリックは?超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める。【引用:「BOOK」データベース】  

「沈黙のパレード」の感想

つの殺人事件

 3つの殺人事件が時を超え、複雑に絡まり合います。蓮沼の死は事故や病死と思えません。沙織事件で逮捕されたにも関わらず釈放された事実と蓮沼の直近の行動を見れば、沙織の関係者に疑いの目が向くのは当然です。司法に頼れないとなれば自らが行動するしかないと考えるのはひとつの真実です。自らの手で決着をつけたいという願望もあったはずです。そのことを親友の戸島は見抜いたのでしょう。もちろん、彼自身にも復讐心があったことは否定できないですが。

 蓮沼が殺されたのは沙織事件の釈放が原因なので、釈放されなければ殺されなかったかもしれません。蓮沼は23年前の本橋優奈殺人事件で罪に問われない方法を実証しているので、彼が殺されたのは彼自身によるものだと言えないこともない。 

罪に問われない真実はもっと深いところにあった訳ですが。 

 草薙が蓮沼殺人事件の犯人を捜査しますが、本橋優奈殺人事件の因縁があるので蓮沼を被害者と割り切れません。

 3つの殺人事件は複雑に影響し合っています。単なる原因と結果だけの関係ではありません。相当に根深い。戸島と並木が蓮沼の殺害を計画している描写があり、彼らが犯人であることはほぼ明らかにされています。蓮沼事件の犯人が並木達ならば、沙織事件と蓮沼事件は直接的な関係があります。問題は、誰が関わっているか。どのようなトリックを用いたのかが焦点になります。

 本橋優奈殺人事件の存在の意味は何でしょうか。当初は、草薙と蓮沼の因縁的な関係を表現するために見えました。また、蓮沼の人間性や司法の限界を描くための事件にも見えます。沙織事件と蓮沼事件に関わる人たちの因縁と運命を間接的に表現しているようにも見えます。実際には、もっと直接的な繋がりを見せることに意外性を感じます。時を超えて一連の事件として繋がります。

 ただ、それ以上に裏があるのが本作です。3つの事件の関連性が明らかにされた後、湯川によって更なる驚愕の事実が暴かれます。 

沼事件のトリック

 優奈と沙織の殺害は過去の出来事です。死に対するトリックは描かれません。フーダニットは蓮沼です。ホワイダニットは残っていますが、蓮沼の死によって明らかにされることはなくなったかに思えます。蓮沼の死がもたらすものは、黙秘を貫いた人間の更なる完全な黙秘です。二度と破られることはありません。少なくとも優奈と沙織の殺人事件の真相は分かりません。

 蓮沼事件の容疑者は簡単に絞られます。蓮沼の逮捕と釈放に加え「なみきや」への来訪。状況は全て並木祐太郎が犯人だと思わせますし、先述のように彼らが犯人であることを前提条件にして物語は進みます。謎は殺害方法とアリバイです。ハウダニットについては湯川の出番です。湯川は珍しく事件に対し積極的に関与していきます。従来の湯川の印象を覆すのは新鮮味があります。「なみきや」が行きつけのためというのは後付けの理由です。事件を聞いてから行きつけになったのですから。

 蓮沼事件のハウダニットは2つあります。殺害方法とアリバイです。ふたつが密接に絡み合っているのは当然です。殺害方法(物理的手段)は、ヘリウム使用へのミスリードが犯人の思惑です。湯川にしては手間取った印象があります。彼が間違うと、読者も間違った方向へと導かれます。アリバイは人間関係も考慮しないと見破れません。証言の真偽や計画への参加の深度など理論だけでは解決できない部分が多い。

 方法論は限られた方法の中から推理出来ます。可能性を検証していけばいい。殺害手段が分かれば、次は実行の可否を検討していくことになります。従来の湯川であれば可能性を警察に提示し、あとは警察の仕事と割り切っていました。今回は全てに関与しようとしますが、湯川の変化を表しているのでしょう。

 蓮沼の殺害手段のトリックは解明されますが、物足りなさを感じます。ミスリードのための罠が仕掛けてあったとしても、それほどの意外性はありません。事件の真の謎は、運搬方法とアリバイへと移っていきます。従来の湯川の論理的な思考の見せ場は少ない。それ以上に人間的な部分が際立ちます。好みが分かれるかもしれません。 

件の真相

 真相は相当に複雑で、3つの事件に関わる人間が交錯します。1つの事件を追うだけでは真相に辿り着けません。辿り着けない理由は何でしょうか。誰もが沈黙するからです。蓮沼はもちろん、事件に関わった者の多くが沈黙します。虚偽ではなく沈黙です。沈黙の裏に隠されていることは想像以上に大きい。仲間を守る沈黙は、目的がはっきりしているから分かりやすい。しかし、蓮沼と新倉留美の沈黙には違う意味が含まれています。事件の本質だが、そのことに気付くことは難しいでしょう。

 本作では沈黙が溢れており、タイトルの意味もそこにあります。沈黙は罪ではありませんが、沈黙を破る時に語られることが真実なのか虚偽なのかが問題です。新倉直紀の自供は全てを白日の下に晒し、真実を見せたのでしょうか。新倉夫婦に隠された真実を知らなければ、誰もが真実と信じるだけの説得力があります。新倉夫婦が抱える秘密は、沙織殺人事件を根底から覆してしまいます。真相を知れば、並木たちの復讐も違った結末を迎えたはずです。

 湯川が沙織殺人事件の真実に気付いた理由は、必ずしも論理的思考だけに基づいたものではないでしょう。真実が新倉夫婦の中にしかないのなら、湯川が実証することは出来ません。 

唯一、実証できるのは新倉夫婦だけです。 

 事件が解決したと思った後の急展開に驚きます。湯川の仮説はあまりに衝撃的ですが、納得できる仮説でもあります。草薙が湯川の行動に理解を示したのは説得力のある仮説だからでしょう。もちろん、彼らの間には信頼関係があるのも理由ですが。

 事件の真相は相当に奥深い場所にあります。だからこそ、本作が単なる殺人事件の謎解きに終わりません。湯川によって真相が暴かれたからこそ、救いのある結末になります。 

然は必然か?

 偶然的要素が物語の根幹を成しています。そのことに納得できるかどうか。3つの殺人事件を繋ぐものは何でしょうか。蓮沼は当然だし、草薙も自身の意志で関わっています。

 最も重要な鍵は増村の存在です。彼は沙織事件には直接関係がありません。増村の存在に何故湯川は気付いたのでしょうか。消去法から導き出したのかもしれません。共犯者を繋げる最後のピースを増村と仮定すると全てが繋がる。

 そうなると彼の動機が必要になります。増村は最適解のための存在であり、ある意味ストーリー構成のための都合の良い存在とも言えます。偶然の積み重ねを必然と言えるまで積み上げられるかどうかは、増村の関わり方が明かされた時に納得できるかどうかにかかっています。不自然さは残りますが、意外な繋がりを見せるのもミステリーです。偶然も必然に出来ることを実感します。 

終わりに

 久々のガリレオシリーズですが、やはり面白い。登場人物の変化が新しい感触を与えています。また、事件の解決が理論から人間関係と感情にシフトしています。物理はストーリーの1つの要素に過ぎなくなったのかもしれません。不足に感じるかどうかの問題はありますが。

 私は新たなステージに進んだと感じます。より深みのあるシリーズへと進化したのではないでしょうか。読み応えのあるミステリーでありヒューマンドラマです。