こんにちは。本日は、伊藤計劃氏の「虐殺器官」の感想です。
この小説を読んで、ふたつのことを感じました。まずは、これがデビュー作なのかという驚きです。 設定は、9.11以降。フィクションでありながら、現実感の伴う設定に驚かされます。
- テロとの戦いの果てに辿り着いた管理体制
- 軍隊
- 先進国と後進国
世界は、この小説で描かれているような混沌とした世界へと移り変わろうとしています。伊藤計劃の構築した世界は、現実になるのかもしれません。
そして、もうひとつ。伊藤計劃が既に死去しており、長編小説がたった4編しか執筆されていないということへの悲しい気持ちです。4編ですが「屍者の帝国」はプロローグのみの執筆で、ほぼ円城塔が執筆しています。彼の長編は3編と言っていいでしょう。もし彼が作品を生み出し続けていれば、どんな物語が読めただろうかと考えると残念で仕方ありません。
「虐殺器官」の内容
9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?【引用:「BOOK」データベース】
「虐殺器官」の感想
暗殺の特殊部隊
冒頭から、あまりに残酷な描写に驚かされます。
まるでアリスのように、轍のなかに広がる不思議の国へ入っていこうとしているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、頭蓋の中身を空に曝している。
物語は、主人公のクラヴィス・シェパード大尉の一人称で語られていきます。特殊部隊員である彼にとって、残酷な死は見慣れた風景です。見慣れた風景というだけでなく彼ら特殊部隊員に施された「戦闘適応感情調整」の結果として、死に対し不感症になっていることも挙げられます。彼の目に飛び込んでくる死は、もはや感情的に受け止められることはない。そのことを表現するために、子供の死ですら極めて客観的な描写で書かれているのでしょう。
情報軍の中の暗殺部隊。たった一人を殺すことだけを目的に行動し、そのためなら数多くの死体を築くことになっても仕方がない。彼ら自身が多くの死を生み出すのですから、死に対し鈍感になってしまうのも仕方がない。クラヴィス達の行動は、生生しく恐ろしい。しかし、軍人である彼らは命令に従い作戦を完遂することこそが仕事です。暗殺は特殊な行為ですが、彼らにとっては単なる仕事なのでしょう。 ラヴィスの一人称で語られる暗殺作戦は、あまりにも淡々としている。
彼らが戦闘で使う装備は既に存在するものもあれば、著者の創作によるものも多くあります。クラヴィス達が使う装備は、ほとんどが著者の創作です。その中でも生きた筋肉素材が使用されている装備は、物語の展開上、重要な要素となってきます。
あまりにも日常からかけ離れた暗殺に対比するように、作戦が終わればアメリカのドミノ・ピザの普遍性の中に身を置く。どれほど世界が混沌に満ち死が溢れても、アメリカではピザが配達し続けられる。そして、次の作戦命令が出るまで、この普遍性の中に身を置き続ける。
- 客観的に淡々と描かれた戦場での死の描写。
- アメリカでの日常と戦場の対比。
生々しく戦場を描くことよりも、ずっと戦場の悲惨さを伝えてきます。
虐殺器官とは
内戦による虐殺が行われている国に存在が見え隠れするアメリカ人「ジョン・ポール」の暗殺作戦から、物語は始まります。
- 彼の存在が、虐殺の原因なのか。
- 虐殺を引き起こす要因は一体何か。
情報軍特殊検索群ⅰ分遣隊が内戦による虐殺地域に降り立った時から、「ことば」が重要な要素であることを随所に散りばめています。クラヴィスは、「ことば」をコミュニケーションのツールでなく実体あるものと感じています。「ことば」に対する彼の観念的な思考は、現実の作戦行動中に彼の心の奇妙な静けさを与えてきます。
「ことば」「国家」「神」「地獄」
彼の頭の中は、抽象的・観念的な事象で埋め尽くされていきます。単なる特殊部隊の物語でないことは、容易に想像できます。
彼はジョン・ポールを捜索する過程で、ジョンの愛人ルツィア・シュクロウプと接触します。彼女は会話の中で、「思考は言語に先行する」と語ります。思考が取り扱う様々な要素の中に言語が含まれていると。そして決定的な言葉として、「言語は、腎臓や腸などと同じ器官と呼べるもの」と言います。ここで、言語が器官だと位置づけられます。 そしてジョン・ポールと邂逅し、彼が語った虐殺の文法。虐殺の文法が脳にある特定のモジュールに作用し、虐殺を誘引する。「ことば」が虐殺を引き起こす器官であることが知らされます。
虐殺を引き起こす器官=言語
虐殺が行われるきっかけが虐殺文法にあったとしても、虐殺行為自体はもともと人間に備わっていた素質だということになる。ジョンが説明するのは、虐殺は食料危機を回避するための進化の過程において発生したということです。
- 食料不足に対する人口調整のための虐殺。
- 脳に存在する虐殺のモジュール。
- それを活性化する虐殺の文法。
一部であるが、脳のモジュールが解明されていることは説明されています。それは、クラヴィス達が作戦開始前に行う痛覚マスキングの処置においてです。痛覚をマスキングし、知覚だけを残す。そのことが、脳の解明されていないモジュールとして虐殺があってもおかしくないことの伏線となっています。虐殺の文法で、一定の地域に虐殺を引き起こす。虐殺地域にジョンがいる理由と虐殺との関連性は、ジョンとの邂逅で明確にされます。曖昧模糊とした説明でなく、一貫した理論で虐殺を説明しきった著者の構想に感服します。
贖罪の物語
ジョンが後進国において虐殺を行う方法が分かったとしても、最も重要なのは動機です。彼を狂った殺人者と定義づけるのか、それとも読者の予想を超えた動機を提示してくるのか。ある意味、彼の動機は読者の予想外の答えだったと感じます。
彼がルツィアとベッドを共にしている時に、テロで妻と子を失った。彼が贖罪として選んだ道が、アメリカをテロに巻き込ませないという結論だった。そのためにジョンは途上国で内戦による虐殺を起こし、アメリカに対するテロ行為どころではなくしてしまう。アメリカ以外の国で、どれほどの人を殺しても構わない。その罪を背負う覚悟で、ジョンは行動を起こしてきた。
彼は贖罪のために、さらなる罪を背負うことを望んだのでしょう。
では、クラヴィスはどうなのか。彼は作戦で数多くの命を奪っていながら、その罪を背負っていない。自らの意志でなく命令に従うことで殺したに過ぎないと感じているから、背負いたくても背負えない。彼は贖罪の機会すら与えられない絶望に覆い尽くされたように感じます。
エピローグとして、クラヴィスの除隊後のエピソードが描かれます。そこに描かれているのは、彼の大いなる欺瞞です。アメリカ国内で虐殺を起こすことにより、アメリカが世界に余計な手を出させなくする。ジョンがアメリカ以外の虐殺の罪を背負ったように、アメリカでの虐殺による罪を背負うことを選んだ。しかし、罪を背負うためだけに罪を作ったようにも感じます。また、覇権言語である英語に虐殺の文法を仕掛けたことにより、全世界が虐殺の混沌に放り込まれることはクラヴィスも分かっているのでは。単純に、クラヴィスは戦場でしか生きていることを感じない人間であったということなのかもしれない。世界を戦場にすることによって。
最後に
2017年2月に劇場アニメとして公開されてます。アメリカでの実写映画化については話は出ているようですが、現在、詳細は不明みたいです。詳しく知っている方、もしくはサイトなど教えていただければ幸いです。
劇場アニメが、果たしてどれほど忠実に再現されているのか。気になるところなので、いずれは観てみたい。