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『ハーメルンの誘拐魔』:中山 七里【感想】|身代金は70億

ご覧いただきありがとうございます。今回は、中山 七里さんの「ハーメルンの誘拐魔」の読書感想です。

警視庁捜査一課の刑事「犬養隼人」シリーズの第三作目です。タイトルどおり、彼が追うのは誘拐犯ですが、そこには深いテーマが描かれています。

犬養隼人シリーズは刑事ものでありながら、医療小説でもあります。犯罪を軸に、医療の闇や問題に切り込みます。そこが読みどころです。

本作は薬害をテーマにしています。子宮頚がんワクチンは副反応により重篤な後遺症を発生させる場合があります。被害者は国・製薬会社・日本産婦人科協会を相手に戦います。あまりの力の差が誘拐という犯罪を引き起こします。作中でも言及されますが、非加熱製剤による薬害エイズも同様だったのかもしれません。

犯人を追いながら、子宮頚がんワクチンの真相が暴かれていきます。犯人逮捕を描く刑事小説と医療問題を描く医療小説。ふたつの軸で描かれる物語は奥深い。

「ハーメルンの誘拐魔」のあらすじ

記憶障害を患った15歳の少女、月島香苗が街中で忽然と姿を消した。現場には「ハーメルンの笛吹き男」の絵葉書が残されていた。その後少女を狙った誘拐事件が連続して発生、被害者は、子宮頚がんワクチンの副反応による障害を負った者と、ワクチン推進派の医師の娘だった。そんな中「笛吹き男」から、計70億円の身代金の要求が警察に届く。少女の命と警察の威信を懸け、孤高の刑事が辿り着いた真実とは―。【引用:「BOOK」データベース】

 

「ハーメルンの誘拐魔」の感想

療行政の闇

医療行政の闇という言葉はあまり使いたくない。何故なら、医療自体に不信感を生んでしまうからです。多くの医療従事者は、患者の命や健康のために日々治療に当たっています。命を扱うプレッシャーと激務に心も身体も休まる暇がないでしょう。

一方、命を扱うからこそ人々が求めるものは大きくなります。清廉潔白で人格者で有能であることを求めます。当然だと思いますし、多くの医療従事者はその期待に応えているのでしょう。

しかし、能力や人格には人によって差異があります。差異があったとしても全力を尽くしてもらえば、結果に納得できるかもしれません。医療従事者の誠意があるからです。善意や努力と言ってもいいでしょう。私は医療過誤を経験したことがないので、甘い認識かもしれませんが。

ただ、人はそれほど簡単ではありません。悪意のある人も存在します。悪意があるというよりは、ひとつの心に善と悪の両方を持ち合わせています。利害の不一致から自己の利益を優先するのも悪意のひとつです。命に係わることならばなおさら救いがたい。

闇は医療だけでなく、医療行政にもあります。行政は、直接患者と向き合う訳ではありません。患者の顔が見えないので、医者よりも命を扱っているという感覚が希薄なのかもしれません。

行政は利害関係の調整も図ります。それ自体は悪いことだとは思いません。関係者全員の利害が一致することなどありえない。誰かが調整する必要があります。大事なのは、調整が適切で正しいかどうかです。もうひとつは、誤った時にすぐに修正できるかどうかです。

医療行政の利害調整で最も重視されるべきは患者です。誰に聞いてもそのように答えるはずです。医療は患者のためにあるのだから単純な結論です。

医療行政の闇とは、命を軽んじることです。軽んじていることを意識しながら方向性を変えないことも悪意のひとつです。硬直した行政を変えようとしないことも悪意です。命よりもお金や名誉や立場を優先することも悪意でしょう。

行政が悪として描かれることは多い。現実の世界で前例があるからでしょう。医療行政ですぐに思い出すのは、薬害エイズ事件です。詳しく調べた訳ではありませんが、非加熱製剤の危険性を認識しながらも、国も製薬会社も対処しなかった。結果、多くの血友病患者がエイズに罹患しました。国の不作為が生み出した悲劇です。背景について詳しく書きませんが、医療行政の闇が生み出した結果と言えるでしょう。

 

クチンの功罪

子宮頸がんワクチンにどのような効果があり、どのような副反応を引き起こすのか詳しく知りません。少なくとも世界中で幅広く接種されているようです。それだけ効果が認められているということかもしれません。

ワクチンは治療薬ではありません。あくまでも予防のためです。また、副反応のないワクチンはほとんど存在しないでしょう。効果と副反応のどちらを優先するかでワクチンに対する考え方は変わってきます。

新型コロナウイルスワクチンの接種でも同じことが言えます。接種することで感染リスクと重症化リスクが下がることは間違いありません。一方、副反応もあります。短期的には、発熱や腕の痛み・倦怠感などです。

接種後に死亡した事例もあるようですが、ワクチン接種との因果関係は認められていないようです。政府は安全性を強調しているので、不利な情報はあまり出さないだけかもしれません。何十年後かにコロナワクチンが何らかの重篤な副反応を引き起こす可能性も否定できません。

ワクチンを接種するかどうかを決めることはなかなか難しい。効果と副反応のどちらを取るかですが、一般人に十分な情報が与えられているのかどうかも分かりません。分からないからこそ、医療従事者の意見を参考にするしかない。医者が接種した方がいいと言えば打つでしょう。そもそも否定する材料がないのですから。

ワクチンの難しいところは、人によっては激しい副反応が伴うことです。有効であるならば打った方がいい。ただ、取り返しのつかない副反応が起こる可能性があるならば、打つかどうかの選択は本人がするべきです。少なくとも、接種を義務付けるのは無責任です。

本人の判断に委ねるべきと言うのも、見方によっては無責任です。一般人が医療行為に適切な判断を下すことは難しい。結局は医者の言うとおりにするしかないのでしょう。かかりつけ医が接種した方がいいと言えば打ちますし、接種しない方がいいと言えば打たないでしょう。それでも義務付けるよりは誠実かもしれません。

本書で描かれている被害者は、ワクチン接種が義務付けられていました。もし、彼女たちの意思で選択できたとしても結果は同じだったかもしれません。自分で選択したから納得できる訳でもありません。それでも選択できるかどうかは重要な要素だと思います。

 

続誘拐事件の謎

本作は刑事ものであり、犬養が捜査するのは連続誘拐事件です。若い女性ばかりを誘拐する犯人の大胆な犯行に警察は翻弄されます。コケにされていると言えます。何故なら、一気に複数人を誘拐したり、身代金の受け渡しで警察を出し抜いたりするからです。警察は常に後手に回らされています。

誘拐事件を解決するのは難しい。人質を取られているからです。警察は犯人逮捕よりも人命を第一に考えます。どちらかを選べと言われれば、間違いなく人命を優先します。犯人を逮捕しても人質の命が奪われれば、警察は落ち度を追及されます。世論も警察を許しません。もちろん、最も許されざるべきは犯人なのですが。

人質の生死が分からなければ、生きているものとして捜査を行います。必然、警察の動きは制限されます。慎重にならざるを得ません。失敗の許されない犯罪捜査です。警察のミスが原因で人質が殺されるようなことがあってはなりません。

決して言えないと思いますが、誘拐直後に殺害された人質の死体が発見された方が動きやすいのかもしれません。警察の落ち度でもなく、人質もいなくなります。死体は犯人と繋がる糸にもなります。不謹慎な言い方ですが。

大胆な犯行が続く中で、犬養は違和感を覚えます。被害者の共通点です。若い女性が標的ならば、性的な目的が考えられます。しかし、攫われているのはひとりを除いて障害を持った女性ばかりです。そこに何らかの意図を感じるのは自然です。犯人の意図というのは被害者の共通点から導き出されます。

障害の原因が子宮頸がんワクチンだと分かれば、犯人に繋がる糸の一本がかろうじて見えてきます。糸の先には誰がいるのか。ワクチンはどう関係してくるのか。犯人はワクチン反対派なのか賛成派なのか。

営利誘拐であれば、障害を持つ少女たちを誘拐する必要はありません。扱いに困るからです。介助無しで日常生活を送ることができない人質は足手まといにしかなりません。犬養が犯人の目的を絞り切れない理由です。

子宮頸がんワクチンが関係し、行政・製薬会社・日本産婦人科協会がグルとなり利益を貪っている構図はすぐに見えてきます。犯人の目的が、これら三者であることも分かってきます。身代金要求だけでなく、三者の裏の顔を暴くことが目的です。

そうだとすれば、ひとつおかしい事態が起こっています。被害者のひとりが日本産婦人科協会会長の娘が含まれていることです。協会は子宮頸がんワクチンを推奨しています。

物語の結末のどんでん返しに、彼女が重要な役割を果たします。また、推進派の関係者を被害者のひとりにすることで事件の複雑さをより増しています。犬養や警視庁が翻弄される理由の一端でもあります。

 

終わりに

どんな理由があろうと、誘拐事件に正義はありません。だからと言って、犯人逮捕で終わりという物語では、読後のモヤモヤ感ややりきれなさが残ります。

連続誘拐事件が穏やかな結末に落ち着いたのは都合の良さも感じますが、悪い気もしません。読者が子宮頸がんワクチンに限らず、医療行政までも含めた医療全体に対して何らかの問題意識を持つことを期待しているのかもしれません。

最後までご覧いただきありがとうございました。