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『残り全部バケーション』:伊坂幸太郎【感想】|結末は読者に委ねられた?

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 五章から成る連作短編集。各短編ごとで完結してますが、それぞれが関係し合っています。第五章を読むと、今までの物語が最終章のための伏線であったようにも感じます。全てが最終章のためだけに存在していた訳ではないですが。

 裏稼業に生きる「溝口」と「岡田」を描いていますが、彼らにそれほど悪人性を感じません。どこか愛着のようなものを感じてしまうくらいです。「ラッシュライフ」の黒澤や「陽気なギャングが地球を回す」なども同じですが、法律の外にいるからと言ってすぐに悪になるという訳ではない。いかにも伊坂幸太郎らしい。ただ、彼が悪を書いた時にはとてつもない悪になりますが。 

 連作とは言え短編なので、読み応えはそれほどないと感じます。大きな謎が全編を通じて存在している訳ではないので、読後の爽快感は長編に比べれば少ないかな。面白みがないということではないですが。  

「残り全部バケーション」の内容 

当たり屋、強請りはお手のもの。あくどい仕事で生計を立てる岡田と溝口。ある日、岡田が先輩の溝口に足を洗いたいと打ち明けたところ、条件として“適当な携帯番号の相手と友達になること”を提示される。デタラメな番号で繋がった相手は離婚寸前の男。かくして岡田は解散間際の一家と共にドライブをすることに―。その出会いは偶然か、必然か。【引用:「BOOK」データベース】 

「残り全部バケーション」の感想

一章 残り全部バケーション

 表題作です。と言っても、これから始まる五章の始まりに過ぎず、特別な印象はありません。

「実はお父さん、浮気をしていました」

 物語の始まり方に一気に引き込まれていきます。驚きの告白ながらも、家族の冷淡な反応が面白い。家族の状況はすぐに説明されていくのですが、不思議と納得してしまいます。父親も母親も伊坂作品らしい特異な個性が光ります。娘の沙希は一般人の感覚を持ち合わせているようですが、それでも冷静で悟ったような反応は高校生らしくない。この家族の日常が垣間見えるようで、一家離散の憂き目でありながらも面白みを感じてしまいます。

 一方、本作のメインキャラ「溝口」と「岡田」の裏稼業コンビ。当たり屋や脅迫を生業としている割には、人間味も感じさせます。悪人に間違いないですが、間の抜けた悪人という印象です。この家族と裏稼業の二人が、どのような接点を持つのか。その接点があまりにも想像外で唖然とします。有り得ない出来事をいかにも自然に感じさせる物語の進行に、著者の巧みさがあるのでしょう。 

二章 タキオン作戦

 岡田の人間性を語るための章です。虐待されている小学生のために、岡田が一肌脱ぐ。裏稼業ながら、悪人ではないことを印象付けてきます。

 岡田が考えた虐待封じは突飛で非現実的です。その非現実的な作戦に騙されていく父親を見ていると笑いが出てきます。虐待という悲惨な現実を防ぐために最も効果的だと考えた方法がタイムスリップですが、そういうことを発想できる著者に感嘆します。しかも、その作戦に妙な真実味がある。実際、有り得ない出来事を信じさせるには相当の準備と説得力が必要です。一笑に付されかねない岡田の芝居に引っかかる父親の間抜けさに、一種の爽快感を感じます。父親が虐待という許されないことをしているからこそ、岡田の行為に爽快感を感じます。あまりに出来すぎな展開に、笑いがこみ上げます。 

三章 検問

 岡田がいなくなり、溝口と太田がコンビになっています。時間軸は、第一章のその後です。溝口と岡田が名コンビだったのかどうかは分かりませんが、溝口と太田のコンビは明らかに合っていません。彼らの仕事は雑にしか見えない。周りの状況に振り回され、行き当たりばったりに見えてしまいます。そのせいか、やはり溝口たちは悪人に見えてこない。女性を誘拐している事実は、十分に悪人なんですが。誘拐された女性と溝口と岡田のやり取りは、時には漫才のような掛け合いに感じる時もあります。彼らは真剣だからこそ、一種の面白みが出てくるのでしょう。

 本章の視点は誘拐された女性です。視点が変わっても溝口の印象はあまり変わらない。それだけキャラが一貫しているということだろうか。彼に確固たる信念があるようにも見えないし、行動が一貫しているとも言い難いが。物語は意表を突いた結末で、少しニヤリとさせられます。 

四章 小さな兵隊

 岡田の幼少期が描かれていきます。各章ごとで時間軸は大きく前後しています。第三章で登場しなくなった岡田が登場することで、再び彼が物語に大きく影響してくるのだろうかと期待してしまいます。期待するというほど大活躍していた訳ではないですが。

 岡田の幼少期はそれほど幸せではない。裏稼業に手を染めるにはそれなりの理由があるはずなので、ある程度予想の範囲内の少年時代と言えるかもしれません。裏稼業から足を洗うに至った彼の思いも、少年期の彼の態度を見ていると理解出来る気もします。

 第四章あたりになってくると、第五章に向けた伏線が感じられてきます。大きな謎がある物語ではないので、どのように関連付けられ展開していくのかはよく分かりません。ただ、登場する人物や会話などから伏線ではないかと思わせるシチュエーションが感じられてきます。岡田の少年期も重要な意味を持っているのではないか。第五章でどんな結末が待っているのか。期待感が徐々に高まっていきます。 

五章 飛べても8分

 第五章になっても、溝口がやっていることは相変わらずです。相方が変わっているくらいで、それほど状況に変化はありません。毒島の下に帰り、今まで通り裏稼業に励んでいます。物語の変化のきっかけは、溝口の入院です。入院生活はいかにも溝口らしい適当さが滲み出ています。相変わらずの日常を過ごしながら、第五章は一体どこに向かうのかが見えてきません。溝口の相棒である高田が監視役だと明かされた時も、それほど物語が展開しない。そもそも解決すべき謎がある訳でもありません。何をもって物語が終了するのかが見えてこない。

 結末で明かされた溝口の目的は、感動とまでは言えないが少しだけ嬉しくなります。やはり悪人にはなりきれないということでしょう。岡田が消された原因を溝口が引き起こしているからこそ、けじめをつける必要があったということでしょう。

 溝口の復讐計画は、彼の適当さからは想像も出来ない緻密な計算で実行されます。第一章から第四章までの存在価値も、この瞬間に明確にされます。復讐を果たすための伏線であったり、溝口にとっての岡田の存在の大きさであったり。圧倒的な爽快感を感じさせるほどの見事な伏線回収という訳ではありません。感動的かと言われれば、そこまででもない。結論を待たずに物語を終わらせたのも、著者の計算でしょう。

  • 一体メールは誰からだったのだろうか
  • 溝口はどうなったのか

 そこから先は読者の想像次第でハッピーエンドにもバッドエンドにもなります。読者に投げたと言えば、そうとも言えます。ただ、読者に委ねたとも言える。受け取り方は、読者次第だろうか。 

終わりに

 登場する人物は個性的で魅力溢れます。物語自体も面白い。読みやすく半日もあれば読了できます。冒頭に書いたように、読み応えはあまりありません。しかし、物語中に登場する台詞にはハッとさせられる言葉も多い。洒落の効いた面白みのあるものから、人生の真理を言い当てているものまで。その言葉を読んでいくだけでも、この小説は面白い。これも読みごたえのひとつだとすれば、読み応えはあるとも言えるでしょう。

残り全部バケーション (集英社文庫)

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