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『旅猫リポート』:有川 浩【感想】|サトルとナナの最後の旅

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 勘のいい人なら物語のかなり早い段階で、主人公の悟がナナを飼えなくなった理由に気付きます。遅くとも「Report-03 スギとチカコ」の章でのトラマルの台詞で、確実に気付くでしょう。ナナを飼えなくなった理由が単なるリストラでないことを。 悟とナナを待ち受ける辛い未来が分かっていながらも、実際に彼らに別れが訪れた時には涙を流さずにいられないほどの悲しみと感動があります。

  • 最後の旅を通じて、悟とナナが感じてきたこと。
  • 悟の友人たちや叔母の法子との触れ合いで、彼らが感じ心に刻んできたこと。

 素晴らしい文章表現で彼らの心の動きを積み重ねてきたことが、予想されていた結末でありながらここまで心を揺さぶったのでしょう。旅人ならぬ旅猫が見た、悟との最後の旅。猫が人間のように考え話す。人間と直接会話する訳ではありません。しかし人間の言葉を解し、動物同士であれば意思疎通を図ることが出来る。ファンタジー然とした物語でありながら、不思議と現実感を伴い違和感を感じません。読み進めるうちに、ナナが人間のように話したり考えたりしていることが自然なことのように感じてきます。有川浩の文章表現・構成力・登場人物の個性など、作家としての力量の秀逸さが成せる技だと思います。 

「旅猫リポート」の内容 

野良猫のナナは、瀕死の自分を助けてくれたサトルと暮らし始めた。それから五年が経ち、ある事情からサトルはナナを手離すことに。『僕の猫をもらってくれませんか?』一人と一匹は銀色のワゴンで“最後の旅”に出る。懐かしい人々や美しい風景に出会ううちに明かされる、サトルの秘密とは。【引用:「BOOK」データベース】  

「旅猫リポート」の感想

の目的

 悟がナナを飼い続けることが出来なくなったため、次の飼い主を探す旅に出ます。冒頭は彼のリストラを理由にしていますが、真の理由が分かると旅の目的が違ったものに見えてきます。次の飼い主を探すのは、目的のひとつであることは間違いありません。そして飼い主候補として、彼の友人たちを訪ねていくのも納得できます。ただ彼が訪れた4人は、単に猫を飼うことが出来る友人だと言う理由だけではない気がします。 

 彼が訪れた4人。幸介。吉峯。杉と千佳子。

 彼らは、悟が小学校・中学校・高校のそれぞれの時期の親友です。しかし千佳子を除く彼らは、悟に対し何らかの負い目を感じています。それは、彼ら自身が悟に抱いている一方的な負い目かもしれません。 

一方的な負い目であるが、悟はそれに気付いていたのではないだろうか。 

 悟は小学校の時に両親を亡くしてから、周りの人々の感情に敏感になっているのでしょう。無条件に自分を愛してくれる存在を無くしてしまった。そのことが、悟に周りの人々の感情を敏感に感じ取らせる性質を与えた。悟は、彼らと距離を取ろうとしていた訳ではないでしょう。しかし、自分の殻を纏っていたのかもしれない。そのことが、幸助たちに負い目を与える原因になったと感じているのかも。ナナの次の飼い主として彼らを候補としたのは、彼らの負い目を無くすことも目的のひとつだと感じます。彼らを訪れナナを手渡すことが出来なかった時、悟はナナを手放さずに済んだ喜びとともに次の友人を訪れることが出来ることを喜んだはずです。  

とナナ

 物語は、悟とナナが出会ってから別れが訪れるまでを描いています。別れの後も、Last-Reportとして後日談のナナが描かれています。Last-Reportがあるからこそ、単に悲しい話で終わらず未来のある結末になります。物語の中心は、悟とナナの最後の旅の様子です。しかし悟とナナの出会いや、旅が終り別れが訪れる数カ月の様子も、彼らの関係を描く上で重要な要素となっています。 

 二人(一人と一匹ですが)の出会いは、ナナが野良猫だった頃です。そのきっかけは、最悪の状況です。ナナは車に轢かれて死にかけ。そんなナナを見て、悟は昔飼っていたハチを思い出したに違いありません。悟は過去の苦しみを。ナナは現在の苦痛を抱えて、ようやく二人は親密に接触することが出来た。事故自体は偶然のアクシデントでも、その後に悟とナナが飼い主と飼い猫の関係になったのは必然のように感じさせます。 

 彼らは、直接意思疎通が出来ないから、よりお互いのことを大切に思う気持ちが溢れています。悟はナナに話しかけますが、ナナが理解しているとは考えも及ばない。ナナは悟の言うことを理解できるが、そのことを直接的に伝えることが出来ない。だからと言って、お互いを思いやる気持ちがすれ違うことはない。二人の関係は、読んでいて羨ましいくらいの関係です。人間同士が構築できる絆よりももっと深い絆が、二人の間にあります。だからこそ、別れが辛くなります。 

終わりに

 「旅猫リポート」は、悟とナナの絆を軸に描かれています。有川浩の得意な恋愛要素は、ほとんど含まれていません。スギとチカコの章では、恋愛絡みの要素がありますが過去の話です。また悟とナナの関係を描きながら、友人たちとの絆。そして叔母との絆を描く。悟が生きてきた人生を、ナナと彼ら5人の目を通して描いていきます。悟と密接に関係のある人々の目を通して語られる悟の人生は、とても豊かで満ち足りたものです。 

 悟は決して幸せな人生を送っている訳ではありません。それでも、彼の人生が幸福であったと感じます。結末は涙を誘いますが、決して悲しさだけの涙ではありません。満ち足りた感動の涙です。