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『影裏』:沼田真佑|色彩豊かな自然が現実の切なさを際立たせる

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 第157回芥川賞受賞作です。主人公である今野の日常を、時間の経過とともに淡々と綴っていく。そんな小説です。淡々と語っているに過ぎないような小説であったとしても、著者には明確な意図があって作られた小説であることには間違いありません。ただ、多くの芥川賞受賞作がそうであるように、著者の意図というものを読み取るのが非常に難しい。

「影裏」の内容

大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、「あの日」以後、触れることになるのだが……。 

「影裏」の感想 

わらない心象

 今野は岩手に出向を命じられます。恋人とも別れ、赴任することになります。赴任先では友人と呼べる人が現れず、孤独の中にいます。そこに日浅という人物が現れ、共通の趣味である釣りを介して親交を深めていきます。

 孤独の中に生きる今野が、友人を得て心の充足を満たしていく。そのような心象風景を描いている作品かな、と思いました。しかし、その心象風景の描写が非常に乏しいです。今野が何を考え、一体何を望んでいるのか。表層的な行動は分かっても、その行動に至らしめる彼の心象があまり伝わってきません。 

彩豊かな風景描写

 風景描写は非常に素晴らしいです。川で釣りをする時の川原や水の流れなどの風景。川魚がまるで目の前にいるような緻密な描写。風景描写が緻密で素晴らしいほど、心象描写の乏しい様子が浮き彫りになります。著者は、故意にこの落差を作ったのではないかと疑うほどです。世界が色鮮やかになればなるほど、今野の心象は色褪せていきます。彼の周りだけ色を失っているように感じます。それが彼の孤独をさらに際立たせています。 

 日浅という友人を得たことで今野の生活は少しずつ色を取り戻していくのかと思えばそうでもなく、ただ日々は過ぎていきます。なので、日浅が急に仕事を辞め行方不明になっても、今野の心象にあまり変化がない。日浅は、今野の心と生活に大きな影響を与えるべき存在として描かれています。その割には、今野に対してあまり影響を及ぼしているように感じません。それだけ今野が孤独の中で乾いてしまっているということでしょうか。 

語の深み 

 この小説が表層的に感じる理由は、今野自身の描き方以外にもいくつかあります。

 まずは震災です。岩手が舞台であり、物語の中で東日本大震災が起こります。ただ、震災のことについてはほとんど語られません。震災が起こったことにより、今野自身の生活が大きく損なわれたということもありません。もちろん、震災が物語に全く影響を及ぼさなかった訳ではありません。日浅がいなくなった原因を震災に求め、今野が日浅の父親に会いに行くきっかけとして描かれています。しかし、そのきっかけが震災でなければいけなかったのかと言えば疑問を感じます。 

 次に、今野が岩手に赴任する前に別れた恋人についてです。物語の中盤くらいで、その人物が男性であることが分かります。今野が同性愛者であったということです。赴任するために恋人と別れたということは、彼の今の孤独を説明する上で必要なことです。ただ、その相手が男性である必要があったのか。そして、彼が同性愛者であったことが物語に何か影響しているのか。 

そのことについて明確に語られることはありません。恋人が男性であったことの意味は、読み取らなければなりません 

 私の解釈としては、別れた恋人と電話で話す機会があります。その時に、元恋人の声が女性の声になっていました。元恋人が手術で女性になったことが明らかになります。今野は、自分が愛した恋人がもはや存在しないことを悟るのでしょう。元恋人の存在自体がなくなり、日浅の存在もなくなります。今野は本当に孤独になった、と描きたかったのではと考えています。

終わりに 

 全てに原因と結果、必然性を求める訳ではありません。ただ、様々な事象が宙に放り出され、そのまま手付かずで放置されているような感覚を覚えます。

 内容は単調で面白味に欠けるものですが、その奥には私には読み取れない深いテーマが潜んでいるのでしょう。私には、読み取れなかっただけかもしれません。