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『ベルリンは晴れているか』:深緑 野分【感想】|瓦礫の街で彼女の目に映る空は何色か

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 こんにちは。本日は、深緑 野分さんの「ベルリンは晴れているか」の感想です。

 

  • 2019年本屋大賞第3位
  • 第160回直木賞候補
  • 「このミステリーがすごい!2019年版」第2位

 書き出せばキリがないくらい高い評価を得ています。第二次世界大戦後のドイツを舞台にしたミステリーです。幕間に戦中のドイツを挟むことで、第二次世界大戦のリアリティがさらに増します。

 日本も敗戦国の苦しみを味わっていますが、同じ敗戦国であっても環境は全く違います。英仏米ソによる分割統治です。沖縄や北方領土の問題はありますが、日本は幸いにして分割されませんでした。

 ミステリーを忘れるくらい重厚な歴史小説です。歴史として敗戦後のドイツの状況は知っていますが、暮らす人々の心情・苦しみ・行動は知りません。個々の人間の集団が国を作りますが、国=個人ではありません。国家としてのドイツが、そのまま個々のドイツ人に当てはまるとは限りません。

 本作は、アーリア人の少女「アウグステ・ニッケル」が主人公です。ナチスの優生学では、優位性を持つアーリア人の視点から描いています。アーリア人であろうと戦争は不幸にします。 

「ベルリンは晴れているか」の内容

総統の自死、戦勝国による侵略、敗戦。何もかもが傷ついた街で少女と泥棒は何を見るのか。

1945年7月。ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4カ国統治下におかれたベルリン。ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅出つ。しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり―ふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。 【引用:「BOOK」データベース】 

  

「ベルリンは晴れているか」の感想

ーリア人から見た戦争

 ナチス政権下のアーリア人は恵まれていたでしょうか。人類として残されるべき人種とされていても、必ずしも全員がそのように扱われていません。日本に住んでいると、多くの人種が共に暮らす国の実情を知りません。ユダヤ人というだけで収容され殺されていくことを、周りの人たちはどのように感じていたのでしょうか。作中では「収容」を「移住」と表現していますが。

 アーリア人も優生学の対象にされています。障碍者や精神薄弱者は後世に残すべき遺伝子を持っていないと判断されます。優生学自体が科学的正当性のないものですが、全ての障碍が遺伝すると科学的に証明されていません。

 アーリア人としての見た目が重要なのでしょう。ヒトラーの幻想に過ぎませんが、「金髪」「青い目」「背が高い」ことが完璧なアーリア人の証明です。カフカがアーリア人でありながら外見で苦しむのは、アーリア人の特徴をこのように定義したからです。

 アーリア人にしてもユダヤ人にしても、一方的な思想で苦しみます。苦しみに順序をつけることは望ましくありませんが、ユダヤ人よりはアーリア人の方が生き残る確率は高かったでしょう。ユダヤ人の多くが戦争でなくヒトラーの思想に殺されます。

 アウグステは外見的には標準的なアーリア人です。戦争が始まり、周りのユダヤ人が「移住」させられていくことに悲しみと不合理と不条理を感じます。ユダヤ人や障碍者を見下すブリギッテが大半のアーリア人の考え方だったのでしょうか。自身の優位性を心の底から信じていた者もいるでしょう。もちろん、個々人の思想や心の内は分からないし程度の差もあります。ヒトラー自身がどれほど信じていたのかも分かりません。

 戦況の変化が状況を複雑にしています。戦況が悪くなると反乱を起こさせないために、国内の思想を統一する必要が出てきます。秘密警察(ゲシュタポ)の存在感が増します。日本も戦況が悪くなってくると、特別高等警察(特高)の存在感が増してきました。

 ブリギッテのように心の底から信じている者もいますが、自身の身を守る為に同調する者も多かったはずです。アウグステは後者ですが、ユダヤ人からすればどちらも同じでしょう。フレデリカのように匿ってくれる人こそが味方です。

 アーリア人も個々人の集まりであり一概に決めつけられません。アウグステから見た戦中・戦後は彼女自身が感じたことであり、アーリア人を代表している訳ではありません。

 

争の責任は・・・

 戦争の責任は誰にあるのか。裁くのは戦勝国であり、敗戦国はそれを受け入れなければなりません。戦争犯罪や戦争自体の責任は敗戦国のものになります。日本も同様であり、指導者たちが戦犯として裁かれ断罪されます。指導者だけでなく、上官の命令に従っただけの者も多く裁かれました。

 ドイツの具体的な戦後処理をよく知りません。ヒトラーは自殺していますが、全ての責任をヒトラーに負わせることができるでしょうか。個人の力で戦争を起こし、継続させることは難しい。ヒトラーの台頭を許したのはドイツ国民です。もちろん全てのドイツ国民ではありませんし時代背景もあります。第一次世界大戦の敗戦や不況が、ドイツ国民に不満を抱かせます。世界に対する不満であり、ナショナリズムを利用したナチスが台頭します。

 時代の責任なのでしょうか。そう捉えると責任回避に感じます。何かひとつに責任を求めることは難しい。ユダヤ人虐殺はヒトラーの方針であり、彼の責任です。では、実際に手を下した者の責任はどうなるでしょうか。命令を拒否できないことで責任を回避できるでしょうか。ホロコーストの事実上の実行者、ハインリヒ・ヒムラーの責任は無くなりません。彼が拒否する権限があったかどうかは問題ではないのでしょう。

 戦争は平時の犯罪を犯罪ではなくします。戦争が終わり、戦時中の行為を犯罪認定すればほとんどの行為が犯罪になるでしょう。戦勝国も犯罪を起こさない訳ではありません。裁かれないだけです。ソ連軍の犯罪が際立って表現されています。強姦に略奪に暴力。敗戦国ならば裁かれます。米英仏はどうだったでしょうか。具体的に描かれません。

 

イツの真実

 日本と同じ敗戦国ですが、状況は全く違います。大きな要因は分割統治です。ベルリンという一つの都市が四つの国の管理下に置かれます。実質は、米英仏とソ連のふたつです。イデオロギーの対立と世界の覇権争いが始まっていて、ベルリンは舞台にされます。第二次世界大戦後の世界の縮図があります。

 米英仏の管理下では、ある程度自由に行き来できているようです。ソ連の管理下は、入るのも出るのも厳重です。対立があるからでしょう。ドイツ人は大国の覇権争いに巻き込まれます。敗戦国として主権はありませんが生きていかなければなりません。戦中のナチスの管理下も相当に厳しかったが、戦争が終わってもさらに厳しい状況が生み出されます。混沌とした世界の中で、ドイツ人の命は米英仏ソ連に比べ軽かったのかもしれません。

 日本は、アメリカ一国の支配下です。ドイツと日本の戦後は根本的に違います。認識できても実感できません。ドイツは敗戦だけでなく、ユダヤ人の虐殺についても厳しく責任が問われます。ユダヤ人からの視線と世界からの視線。ふたつの視線に晒されます。日本の戦後についてはある程度の知識はあります。一方、ドイツの戦後は詳しく知りません。本作を読んで人々の苦悩がよく分かった。

 アーリア人の視点はユダヤ人とは全く違うでしょう。戦争が終わった安堵や嬉しさはあったでしょうが、戦後の不安も相当に大きかったはずです。日本と状況は違いますが、苦難が待っているのはどちらも同じです。

 

ウグステの目的とドブリギン大尉の策略

 本作のミステリー部分です。戦後の生々しさが際立ち、ミステリーを忘れてしまいそうになります。クリストフ・ローレンツの死が発端です。

  • 誰が何のために殺したのか。
  • アウグステは関わっているのか。

 ドブリギン大尉の話は筋が通っているように見えます。アウグステに話したことは真実なのか。謎は多い。

 アウグステもドブリギン大尉もエーリヒを探していますが目的は全く違います。ドブリギン大尉の命令はありますが、アウグステも自らの目的も持っています。自主的な側面と強制された側面の両方があります。

 ドブリギン大尉の真の目的はなかなか見えてきません。最終的にドブリギン大尉の策略は全て明かされますが、納得できるかどうかは微妙です。彼の動機として違和感があります。一人のドイツ人(クリストフ)の死に重要な価値はありません。それを利用できるかどうかが重要です。ドブリギン大尉は自身の存在価値を高めるためにクリストフの死を利用します。

 クリストフの死の裏に大きな陰謀が隠されていることが必要です。なければ作り出せばいいということですが詰めが甘い気がします。情報量も権力も全く違うはずなのに、アウグステとカフカに出し抜かれてしまいます。

 謎解きがされ全てが繋がりますが、納得できるかどうかは別問題です。リアリティのある戦中・戦後の描写が際立つだけにミステリーが霞んでしまいます。

 

終わりに

 歴史小説とミステリーが溶け合います。圧倒的なリアリティで描かれた戦後ドイツに引き込まれます。一方、ミステリーの謎がカフカの手紙で明かされるのは反則です。彼が、全てを解明できる理由が分かりません。ドブリギン大尉の策略も、アウグステの行動も全て分かってます。

 謎を全て明かし物語を繋げたい気持ちも分かりますが、カフカの手紙で答えを独白させるのは結末を急ぎ過ぎた感があります。