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『ラプラスの魔女』:東野圭吾【感想】|彼女は計算して奇跡を起こす

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 殺人の雰囲気が漂う硫化水素死亡事故から始まり、遠く離れた場所で同じような硫化水素の死亡事故が起こることで事態が動き始めます。事故だとしても再現性はなく、事件だとしても実行不可能です。事故とも事件とも言えない状態で、それぞれの見ている角度から輪郭が照らし出されていきます。

 登場人物はそれほど多くありませんが、物語の視点が入れ替わりながら進んでいくので少し戸惑います。物語の前半は様々な情報がそれぞれの視点で続々と語られます。どの情報がどのように繋がっていくのだろうか。物語の行き着く先も想像出来ません。事件に関わる人たちの目的の目的が違うことも理由です。

 硫化水素で繋がる二つの事故と、過去の硫化水素の自殺がどのように関わっていくのか。登場人物たちもどのように関わっていくのか。徐々に明かされていく状況が複雑に絡まります。長編で読み応えがあり、東野圭吾らしく複雑ですが読みやすい。 

「ラプラスの魔女」の内容

ある地方の温泉地で硫化水素中毒による死亡事故が発生した。地球化学の研究者・青江が警察の依頼で事故現場に赴くと若い女の姿があった。彼女はひとりの青年の行方を追っているようだった。

2か月後、遠く離れた別の温泉地でも同じような中毒事故が起こる。ふたりの被害者に共通点はあるのか。調査のため青江が現地を訪れると、またも例の彼女がそこにいた。困惑する青江の前で、彼女は次々と不思議な“力”を発揮し始める。 【引用:「BOOK」データベース】 

「ラプラスの魔女」の感想

件が絡まる

 赤熊温泉の硫化水素中毒による死亡事故は、殺人なのか事故なのか。水城千佐都には動機がありますが、殺害方法と若い男が謎です。地球化学研究者の青江の役割は事故の原因解明です。その過程で綻びを見つけ、事件として暴いていきます。

 苫手温泉で起こった同様の事故にも、青江が原因解明を依頼されます。遠く離れた二つの事件に関わるほど優秀な研究者であり、彼の能力の高さを伺うことが出来ます。二つの事故から殺人事件へと繋がる何かを見つけ出す優秀さを持っているということでしょう。二つの事件を関連付ける重要な役割です。

 若い男と円華はどのように関わってくるのでしょうか。円華が二つの事件に関わっている、もしくは関わろうとしていることは分かります。若い男との関係も匂わせています。ただ、関わり方はなかなか見えてきません。

 苫手温泉のレンタカーの運転手が水城千佐都であることは容易に想像出来ます。ここでも若い男が事件の鍵になります。正体は徐々に見えてきますが、目的や動機・方法が全く見えてきません。二つの事件に関わる若い男の動機が分からないと、事件の関連性は分かりません。

 青江は二つの事件の関連性を追いかけます。起こりえない事故が続いたことに不審を抱いていた上に、円華の存在が決定打になります。一方、中岡は水城千佐都を追いますが、裏の存在に気付きません。青江と中岡が情報共有することで新しい事実を照らし出し、事件の真相を知る者と追う者が繋がります。

  • 円華の母の死は関係してくるのか。
  • 甘粕萌絵の自殺の真相は。
  • 甘粕才生のブログの真実とは。

 様々な出来事が徐々に繋がっていきますが、全体像はなかなか見通せません。登場人物、数多くの事件・事故、過去と現在が入り混じり複雑さが際立ちます。 

察の存在感

 二つの中毒事故の実態は殺人事件です。事故から事件へと断定し、犯人を探し、動機と方法を解明する警察の役割は大きい。警察の捜査能力が物語を動かしていくことを想像していましたが、それほど存在感を発揮しない印象です。中岡は情報を集め事件として解明しようとしますが、赤熊温泉事件を遺産相続の問題と考えます。その裏側にあるものに迫っていくのは青江です。

 ふたりは情報を共有しますが、協力しているとは言い難い。それぞれの目的が違うからかもしれません。青江が事件の真相に迫れるのは、円華との関係がある分有利だからです。中岡の目的は犯人を探し出し逮捕することであり、事件の解明は犯人を捕まえるための手段です。一方、青江は事件の真相を解明すること自体が目的です。犯人の動機は一部分に過ぎません。

 中岡は甘粕才生のブログから真相に迫っていきます。ブログに潜む欺瞞から、甘粕萌絵の自殺に疑問を抱くことで真相に近づきます。ただ、中岡は一人で行動せざるを得ず、警察の機動力を最大限に発揮出来ません。一方、青江は円華と行動していくことで存在感を放ちます。

 事件の核心は円華と謙人です。そのうちの一人と関係のある青江が目立つのは仕方ないことでしょう。 

プラスの悪魔

 近世物理学の「ラプラスの悪魔」が最も重要な鍵であり、事件を可能にします。

ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、宇宙の全運動(未来を含む)までも確定的に知りえる。【引用:ウィキペディア】

 本作では、この定義ほど確定的に描かれている訳ではありません。ある程度の情報があれば、物理的観点からある程度予測が出来るということです。サイコロもアーチェリーも分かりやすい例だが、瞬間的な状態把握が必要になるので非現実感があります。

 円華は殺人事件のトリックを、実際に青江に見せます。気象条件・場所・時間などあらゆる要素を把握・分析することで硫化水素を思い通りに動かします。それだけの情報をどうやって得ることが出来たのか。気象予報はそこまで詳しくありません。場所の選定の基準はどうなっているのか。どういう方法を用いたのかよく分かりません。そのため、二つの事件の現実感が薄まります。

 彼らが超人間的知性を備えているとしても、事件の具体的な組み立てが見えません。超知性だから、一般人には理解出来ないということでしょうか。ファンタジー・SF的に見えます。

 現在、ラプラスの悪魔は量子力学によって否定されています。著者が知らない訳がないので、知った上でラプラスの悪魔を使っているのでしょう。ミステリーの要素として使いやすかったのかもしれません。科学的に否定されているからと言って、ミステリー小説に使ってはいけない訳ではありません。否定されているからこそ、魅力的な説として映るのでしょう。悪魔を魔女にしているのも洒落ています。 

場人物の裏側

 事件の背景にあるのは、過去の甘粕萌絵の自殺です。若い男が謙人であることは容易に想像出来ます。謙人と才生の関係がブログから明らかになっていくことで、事件を起こした動機も明らかになっていきます。ブログの裏に潜む才生の本性が事件の発端であり、謙人の動機にもなります。

 ブログの裏に潜んだ才生の悪意が、萌絵の事件を招き、謙人を植物状態にします。謙人が才生の悪意を知り得た理由は、植物状態でありながら外界の状態を知り得たことです。そのことも伏線として仕込まれています。謙人の動機の発露も全く描かれていない訳ではありません。ただ、この結末を予想することは難しかった。

 ふたつの事件の実態と才生と謙人の関係の裏側。両方を推理し尽くした時に、正解に辿り着くことが出来ます。 

終わりに

 前半部分は、情報量が多過ぎて混乱します。解決すべき謎は何なのかが明確に見えません。次々と起こる事件がどのように絡み合っていくのか予想出来ない。円華が積極的に動き始めてから面白くなってきます。彼女が最も行動的で、切迫感と緊張感を抱いているからです。物語は徐々にスピードを上げます。読み進めていけば引き込まれていきます。

 ラプラスの悪魔を肯定的に受け止めるか、否定的に受け止めるか。それ次第で評価は変わるでしょう。