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『ブラック・チェンバー・ミュージック』:阿部 和重【感想】|分断された世界に抗う男女の怒濤のラブストーリー

ご覧いただきありがとうございます。今回は、阿部 和重さんの「ブラック・チェンバー・ミュージック」の読書感想です。

かなりの長編作品ですが、一気読みしてしまうほど引き込まれてしまいます。重厚でありながら軽快で軽妙。登場人物たちの個性も際立ち、先が読めないストーリー展開にページを捲る手が止まりません。読めば、面白さが分かります。

本書は、毎日新聞に掲載された新聞小説を一冊にまとめたものです。長編ながら読みやすいのは、新聞小説だったからでしょうか。毎日新聞を購読していないので掲載時には読んでいませんが、次の掲載が待ち遠しくなる小説だったでしょう。

新聞はある程度溜まったら捨ててしまうので、新聞小説は基本的に読み返すことが難しい。あまりややこしいストーリーや人間関係にしてしまうと、読み続けることが難しくなってしまいます。だからと言って、単純なストーリーでは読者を惹きつけられません。しかし、そんな懸念を吹き飛ばすほど、著者の力量を目の当たりにします。

多くの人に読んでもらいたいのでネタバレ無しを心掛けます。感想になっていないかもしれませんがご容赦ください。

「ブラック・チェンバー・ミュージック」のあらすじ

大麻取締法違反で起訴され、初監督作品はお蔵入り、四十を前にキャリアを失い派遣仕事で糊口をしのぐ横口健二に舞い込んできたのは、一冊の映画雑誌を手に入れるという謎の「極秘任務」だった。

横口は北朝鮮からの“名前のない女”とともに、禁断の世界に足を踏み入れていく。【引用:「BOOK」データベース】

 

「ブラック・チェンバー・ミュージック」の感想

構と事実

2018年に行われた米朝首脳会談の様子から始まります。ご存じのとおり、この会談は現実の出来事です。多くの人が、トランプ大統領と金正恩の会談を思い浮かべることができるでしょう。世界情勢に大きな影響を与える会談のインパクトは大きかった。

また、物語の主目的は、金正日が書いた映画評論(が掲載された雑誌)を探し出すことです。彼が映画マニアであったことも周知の事実です。トランプ大統領の隠し子疑惑も、実際に起こっています。

これらの現実世界の出来事は小説に現実感をもたらすためだけでなく、登場人物たちの行動や物語の展開の重要な役割を担っています。これらが無ければ、物語が始まることもなかったくらいです。フィクションの小説に真実味が与えられています。

金正日の映画評論。北朝鮮からのスパイ。北朝鮮と韓国の関係性。やくざと北朝鮮の関わり。どれも現実にあってもおかしくありません。虚実入り混じることで、虚を実にしています。そして、現実があまり出しゃばらずに、あくまでもフィクションとしてのミステリー小説であることを逸脱しません。虚実のバランス感覚が絶妙だと思います。

 

イトルの意味

「ブラック・チェンバー・ミュージック」は、「ブラック・チェンバー」と「チェンバー・ミュージック」を組み合わせたものらしい。「ブラック・チェンバー」はアメリカの暗号解読機関のことで、「チェンバー・ミュージック」は少人数編成の重奏のことです。

映画評論が掲載された雑誌を探す極秘任務が「ブラック・チェンバー」的要素でしょう。また、登場人物が少なく、且つ役割が重複する人物の不存在が「チェンバー・ミュージック」的要素でしょう。私の勝手な解釈なので、著者の意図とは全く違うかもしれませんが。

アメリカの暗号解読機関「ブラック・チェンバー」は、すでに閉鎖されています。活動期間は1919年から1929年までなのでかなり昔の話です。その後、「ブラック・チェンバー」という言葉は、情報機関を意味する言葉として広まっているようです。

本書における「ブラック・チェンバー」もアメリカの機関を指しているのではなく、一般的な情報機関を指す言葉として使われているのでしょう。北朝鮮からの密使や北朝鮮と韓国の諜報員が登場することからも、そのように考えた方が適切です。

登場人物は少ないですが、他の小説に比べて圧倒的に少ない訳ではありません。本作よりも登場人物の少ない小説は数多くあります。少なさよりも際立つのが、誰もがインパクトが強く個性的だということです。また、個性が被りません。「チェンバー・ミュージック」が意味するのは登場人物の個性が被らないことでしょう。

主要な人物は、「横口健二」と「ハナコ」です。二人を中心に物語は進みます。登場人物の中には出番が少ない者もいます。しかし、出番が少なくても印象に残ります。物語の展開上、重要な役割も担っています。必要のない登場人物はいません。

「ブラック・チェンバー」と「チェンバー・ミュージック」。ふたつが組み合わさることで物語が構成されています。

 

わりに

実は阿部 和重さんの小説を読むのは初めてです。伊坂 幸太郎さんとの共著「キャプテンサンダーボルト」は読んだことはありますが。芥川賞作家なので、少し敷居が高いと感じていたところはあります。しかし、本作を読んでみて感じたのは、もっと阿部氏の小説を読んでみたいということです。

本作はエンターテイメント性が高い。結末で明かされる真相はあまりに予想外であり、ミステリーの醍醐味です。一方、現実世界の出来事を組み入れることで問題提起も含んでいます。

著者に失礼を承知で書きますが、伏線回収や会話の軽妙さ、結末の余韻などは伊坂作品を思い出させます。

読後に感じたのは、何故、本屋大賞にノミネートされなかったのか疑問だということです。

最後までご覧いただきありがとうございました。