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『八月の銀の雪』:伊与原 新【感想】|自然科学が人の心を癒す

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ご覧いただきありがとうございます。今回は、伊与原 新さんの「八月の銀の雪」の読書感想です。

五篇から成る短編集で、2021年本屋大賞第6位を受賞。第164回直木賞候補作にも選ばれています。

各短編の主人公は性別も年齢も悩みも全く違いますが、皆、現状を抜け出せない閉塞感を抱いています。特別な悩みではなく、誰もが同じような悩みを持っているでしょう。どの短編も普通の人々が描かれているのです。そんな彼らが自分自身を見つめ直し、癒され、新しい人生を歩もうとしていく物語です。

自然科学とそれに関わる人たちが、彼(彼女)たちの心に変化を与えます。自然科学はとてもドラマチックな事象を引き起こし、その事象が心に変化をもたらします。自然科学と心が融合するのです。

著者は、地球惑星科学を専攻していた研究者であり、大学の助教授も勤めていたようです。確かな知識があるからこそ描けた物語でしょう。と言っても、難解な科学知識が披露される訳ではありません。誰でも理解できるように分かりやすく描かれています。登場人物たちと同じように、読者も自然科学の知識や不思議さに引き込まれます。

「八月の銀の雪」のあらすじ

不愛想で手際が悪いー。コンビニのベトナム人店員グエンが、就活連敗中の理系大学生、堀川に見せた驚きの真の姿。(『八月の銀の雪』)。

子育てに自信をもてないシングルマザーが、博物館勤めの女性に聞いた深海の話。深い海の底で泳ぐ鯨に想いを馳せて…。(『海へ還る日』)。

原発の下請け会社を辞め、心赴くまま一人旅をしていた辰朗は、茨城の海岸で凧揚げをする初老の男に出会う。男の父親が太平洋戦争で果たした役目とは。(『十万年の西風』)。

科学の揺るぎない真実が、人知れず傷ついた心に希望の灯りをともす全5篇。【引用:「BOOK]データベース】

 

「八月の銀の雪」の感想

月の銀の雪

八月に雪、しかも銀。タイトルの意味は全く想像できません。

主人公の堀川は就活に苦しんでいます。現在の大学生の就職活動がどれほど厳しいものなのか知りませんが、易しくないことは確かです。社会は厳しいものですが、社会に入る前に拒絶されてしまいます。

周りが就職を決めていく中、自分だけが取り残されていきます。自身の価値や存在が否定されているように感じるでしょう。自分に自信を持てなければ、なおさら就活は厳しくなります。

そんな状況の中、再会した大学の同窓生清田からマルチ商法へ勧誘されます。誰が聞いてもマルチ商法だと分かるほど分かりやすい。手を貸すことの第一の理由はお金が必要だったからです。

マルチ商法を勧誘するような人物は信用できません。騙される人は被害者なので悪く言いたくありませんが、やはり楽して儲けようという魂胆があるから引っかかるのでしょう。どちら側も表層的に分かりやすく、深く考えているように見えません。その人の本質が薄っぺらく見えてしまいます。

しかし、コンビニの店員グエンの真実の姿を知ることで、堀川の考え方や人の見方が変わります。人の真の姿は表層だけでは判断できないことに気付きます。普通に考えれば人には様々な顔があるのは当然なのですが、グエンを通してそれを知ることになります。

物語は、グエンが研究している地震学が重要な役割を果たします。彼女は、研究している地球の内部について堀川に説明します。地球がいくつかの層に分かれていることは誰でも知っていますが、直接目で見ることはできません。それと人間を重ね合わせることで、堀川の変化を描きます。

地球の内核にまで及ぶ壮大な物語は、堀川を変化させるのに十分な熱量を持っていました。

 

へ還る日

初めての育児に戸惑ったり、自信を持てなかったりするのは自然なことです。周囲の協力や理解がなければ一人で悩むことになり、気持ちは暗い闇へと沈んでいきます。

主人公の女性はシングルマザーです。経済的にも精神的にも肉体的にも厳しいでしょう。ただでさえ育児は大変です。

通勤電車のシーンは、まさに現実に起こっている出来事だと思います。満員電車にベビーカーや幼児が乗っていれば、迷惑に感じる人もいます。あからさまに態度に出す人もいるでしょう。母親の気持ちに立つことをしません。他人を思いやることのできない人が多いのも事実です。彼女がさらに追い込まれていくのは当然です。

満員電車で座席を譲ってくれた女性は、彼女の目にどのように映ったでしょうか。親切な人なのは当然ですが、そういう行動を取れる人がいることに感謝以上の何かを感じたのでしょう。だからこそ、女性(宮下さん)が勧めてくれた博物館に足を伸ばします。

博物館での再会は、彼女にとって転機になります。仕組まれていたような都合の良い展開ですが、人生の転機はそんなものなのでしょう。

宮下さんとの出会いが、すぐに彼女の人生を変えた訳ではありません。宮下さんの話を聞いても、彼女の心に根付いた負の感情は消え去りません。海に漂うプランクトンになりたいと願うことが証拠です。しかし、宮下さんの言葉や博物館で知ったクジラの生態が、彼女の心を変えていきます。

彼女に共感していれば、変化も分かりやすいのかもしれません。ただ、彼女の心の変わり様は理解しづらかった。

 

ルノーと檸檬

「シートン動物記」を読んだ記憶はありますが、「伝書鳩アルノー」は覚えていません。

伝書バトの習性が興味深い。帰巣本能という一言では言い表せない伝書バトの能力が描き出されています。情報化が進んだ現在では、伝書バトの活躍の場はもう訪れません。だからと言って、伝書バトが我々の記憶から失われてしまうのはとても寂しいことなのかもしれません。

登場する伝書バト「アルノー」は、寿美江の家に居着いてしまいます。足環から野生の鳩でないことは分かるし、伝書バトであれば寿美江の家にいる理由はひとつです。しかし、そこはアルノーの家ではありません。何故、アルノーは寿美江の家に現れたのか。その理由を園田が探っていきます。アルノーが帰るべき場所を探っていくのは、園田自身が帰るべき場所を探しているからです。園田自身が人生に迷いを抱えている証拠です。

園田は自らの意思で家を飛び出しました。何十年も帰っていません。自らの意思で帰る場所を無くしたと言えます。人生を振り返らず、常に前向きに生きていれば、帰る場所が無くても生きていけるかもしれません。しかし、園田の人生は挫折と苦悩の連続です。

帰る場所を失った人間の孤独は計り知れません。アルノーと自分自身を重ね合わせるのは、同じように帰る場所を失った者同士だからでしょう。しかし、アルノーと違い、園田の帰る場所は存在しています。現実に失われていません。彼自身が関係を断ち切っているに過ぎないのです。その関係をもう一度繋ぎ合わせればいい。それが難しいのですが。

 

璃を拾う

「珪藻アート」を初めて知りました。珪藻という言葉自体初耳だったのですが。珪藻がどんなものなのかは、作中で詳細に語られます。世の中には不思議な生物がいるものだと感心しきりです。本作を読まなければ、一生知ることがなかったでしょう。

珪藻と珪藻アートは、人生や人間性・人間関係に影響を与えます。顕微鏡でしか見えない世界に美しく幻想的な風景が潜んでいて、それをアートとして形成するには多大な労力と情熱が必要です。

野中が母親に送った珪藻アートは単に美しいだけではなく、大きな愛情を含んでいます。見知らぬ人がお金を稼ぐために、自らの愛情を使われるのが我慢ならないのは理解できます。

珪藻を覆っている美しいガラスの殻は珪藻の一部ですが、全てではありません。珪藻アートは美しさを生み出していますが、本質は珪藻そのものにあります。美しさに目を奪われ本質を見ようとしないことは、人間に対しても同じことが言えるのでしょう。

瞳子は自らの生き方を見つめ直すことで、それを知ります。野中に対する意識も変わってきます。珪藻は野中の愛情を表すとともに、瞳子が自らを見つめ直すきっかけにもなる重要な役割を果たしています。

 

万年の西風

凧あげから始まる物語は、原発と戦争に繋がっていきます。

凧あげをしている滝口から語られるのは、第二次世界大戦で使用された風船爆弾(気球兵器)です。日本から放球された風船爆弾はアメリカ本土に達しています。目標は民間人も含めていて、いわゆる無差別爆撃兵器です。

爆弾は直接的な兵器ですが、風船も偏西風も兵器ではありません。しかし、使い方次第では兵器になります。問題は人間にあるということです。当たり前ですが風船にも偏西風にも罪はありません。

辰朗が職場を辞めたのは、不都合な情報の隠ぺい行為が原因です。それが原発で働くことに対する誇りも失わせます。原発で働いていた辰朗が福島に向かう理由は、彼自身にも明確には分かっていなかったでしょう。大事故を起こした原発を見ることで、隠ぺい行為がもたらす未来を見ようとしたのかもしれません。隠ぺい行為は信頼を失わせます。不信の先には何もありません。

原子力と風船爆弾を同じように考えることはできません。確かに、原子力も使い方次第では恐ろしい兵器になります。風船爆弾と同じです。原発は平和的な利用ですが、その裏には大きな危険を孕んでいます。

戦争は誰が見ても悪です。一方、原発は立場によって見方は変わります。風船爆弾と原発を重ね合わせることには違和感があります。風船と風に対応するのが原発であり、爆弾と対応するのが原爆でしょう。そうだとすれば、原発の社会の評価はまだまだ明確でありません。

 

終わりに

自然科学を物語に取り入れ、登場人物たちの人生に重ね合わせていきます。知らなかった自然の不思議さを知ることができるのも、本作の醍醐味です。

一方、主人公たちの解釈は都合が良過ぎる気もします。悩みを抱いている者は様々なことに疑心暗鬼になっているものです。素直に受け入れることができない状態です。しかし、彼らはあまりに素直すぎます。すでに自分の中で答えが出ていたかのようです。

短編集なので、登場人物の心象に深く切り込むことが難しかったのかもしれません。悩みがあり、何かをきっかけにして、新しい世界に踏み出す。定型的な展開の短編が五編続くので少し飽きがくるのも事実です。

最後までご覧いただきありがとうございました。