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『硝子の塔の殺人』:知念 実希人【感想】|謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。

ご覧いただきありがとうございます。今回は、知念 実希人さんの「硝子の塔の殺人」の読書感想です。

本格ミステリーを意識した作品です。クローズドサークルで起こる連続殺人や様々な職業の招待客。巻頭に掲載されている建物の構造や平面図、登場人物一覧などは、本格ミステリーを印象付けます。綾辻行氏の館シリーズが真っ先に思い浮かびます。館シリーズは「硝子の塔の殺人」で重要な鍵にもなっています。

招待客の中に探偵役が存在するのも、いかにも本格ミステリーらしい。古典ミステリーの典型のようですが、だからこそ新鮮味を出すのは難しい設定と言えます。

物語の冒頭で犯人は明かされます。しかし、犯人は事件の全貌を明らかにする役割を果たしません。彼自身も謎の渦中に放り込まれることになるからだです。状況は二転三転しますが、真相は見えてきません。読者が推理するための余地を意識しているのでしょう。

極力、ネタバレしないように心掛けた感想です。

「硝子の塔の殺人」のあらすじ

雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。 地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。 ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、 刑事、霊能力者、小説家、料理人など、 一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。

この館で次々と惨劇が起こる。 館の主人が毒殺され、 ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。 さらに、血文字で記された十三年前の事件……。 謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。

 

「硝子の塔の殺人」の感想

からさまな状況設定

なかなか現実感を抱くことができない状況設定から始まり、それが続いていきます。

クローズドサークルが発生する理由は様々です。どのような過程で閉じ込められるかで、その後の展開は大きく変わります。クローズドサークルから逃れる方法が変わるからです。また、脱出すること自体も大きな目的のひとつだからです。

「硝子の塔の殺人」のクローズドサークルは、一昔前のミステリーでよく登場した設定です。街に通じる唯一の道路の途絶と通信手段の断絶です。古典的と言えば聞こえがいいですが、古臭いとも言えます。また、現在の情報化社会において、作中のように解消まで数日かかるかどうかは疑問です。ただ、この古典的なクローズドサークルが事件の背景に必要であり、謎の構成要素や謎解きの鍵にもなる訳ですが。

舞台になる建物(?)もあまりに奇妙に過ぎます。円錐形のガラス張りの建物に加えて、部屋番号は漢数字の大字「壱、弍、参、肆、伍、陸」です。いかにもミステリーだと言わんばかりの数字が割り振られています。不穏な空気が満載で、ミステリー感を盛り上げる仕掛けが目に余るくらいです。

密室殺人が起きる度に感じることですが、建物の構造自体が事件のために設えたように感じてきます。構造を利用して密室を作るというよりは、密室を作るために建物を設計したのではないかと思うほどです。

実は、この考え方が事件の背景に大きく関わってきます。多くのわざとらしいミステリー感は事件の真相のために必要な要素なのです。あからさまな本格ミステリー設定の裏に、著者の計算された事件の謎が潜んでいます。

本筋には関係ありませんが、部屋番号の漢字表記を見ると「鬼滅の刃」が思い浮かびます。著者が意識していたのかどうかは分かりませんが。

 

性的な登場人物

巻頭に登場人物一覧が掲載されています。それを見ると、登場人物がバリエーションに富んでいることが分かります。年齢は読み始めるまで分かりませんが、職業は関連性が全くない人たちばかりです。また、普段の生活ではあまり関わることのない職業が多い。ミステリー作家であったり、霊能力者であったり、元刑事であったり。

その中でも、特に異彩を放つ職業が「名探偵」です。探偵業はあっても、名探偵業はありません。読み始める前から興味を抱いてしまいます。

クローズドサークルなので、登場人物は限られます。隠れた犯人がいれば別ですが、基本的に増えることはありません。また、登場人物たちが個性的でないと、存在価値が失われてしまいます。いてもいなくても同じでは意味がありません。

視点は一条遊馬ですが、物語は名探偵の碧月夜を中心に動いていきます。連続殺人の謎を解き真相を暴くのだから、探偵が中心になるのは自然な流れです。ただ、自称「名探偵」なので、最初は元刑事の加々見剛が仕切っています。

しかし、月夜の存在感は徐々に大きくなります。彼女の言動が普通でないので、最初から存在感は大きかったのですが。月夜の異質さを際立たせることで、彼女を中心に物語を展開させたかったのでしょう。確かに存在感が圧倒的で、事件に対する考察や推理は名探偵と言えます。

一方、飛び抜けた存在感には違和感もあります。能力の優秀さではなく、ミステリーに対する思い入れの異常さです。ミステリー好きの範疇に収まりません。ミステリーへの傾倒はもはや異常な領域です。愛と呼ぶにも無理があります。

ここまで際立たせるからには、著者の何らかの意図があるのは明白です。探偵として事件を解決するだけに留まらない役割なのでしょう。実際、彼女のミステリー愛が事件の重要な構成要素を果たします。

個性的な登場人物は物語を華やかにします。しかし、行き過ぎた個性は、他の登場人物の個性を消してしまいます。彼女の個性であるミステリー愛は事件の真相のために必要なことですが、やり過ぎたのかもしれません。あと、彼女のミステリー論が適切なものなのかどうかも分かりません。

 

まれる謎と伏線

冒頭で、殺人事件の犯人が一条遊馬であることが明かされます。彼は、逃れられない状況に追い詰められています。追い詰めたのは碧月夜です。彼女がどうやって事件の真相を暴き、犯人を特定したのかを描いていくミステリーだと思わせます。いわゆる「倒叙ミステリー」です。

しかし、読み始めると、より複雑なミステリーであることが分かります。犯人が分かっているので倒叙ミステリーであることには間違いないのですが、新たな殺人事件が起こることで状況は一変します。未知の犯人が現れるからです。

最初の殺人事件を起こした一条遊馬がその後の殺人を起こしていないのならば、別の殺人者がクローズドサークルに存在することになります。次に誰が死ぬのか。誰が犯人なのか。緊張感がピリピリと伝わってきます。

密室で起こった連続殺人は、トリックの謎も生み出していきます。謎を解くことで犯人に近づくのですが、加えて犯行の動機も探っていかなければなりません。ハウダニットとホワイダニットを主眼にしたミステリーです。

読者が謎を解くためには伏線が必要になる。物語の視点は一条遊馬なので、少なくとも彼が得る情報の中に重要な伏線があるのだろう。もちろん、他の登場人物や状況の描写の中にも伏線が仕込まれているはずだ。読者は伏線を組み合わせ、事件の真相と犯人を推理していく。

本作の伏線は、ミステリーに詳しければすぐに気付きます。ただ、伏線と気付いてもどのように繋がっていくのかを推理できるかどうかは別の話です。

明確に伏線と気付かなくても、違和感を感じる部分は相当数あります。謎が増えれば増えるほど、それに伴う伏線も増えていくのでしょう。どうやって収束させるのか先が気になる展開が続きます。

真相が明かされることで多くの伏線が回収されますが、全ての伏線が回収され尽くしたのかどうかは判断できませんでした。二転三転する状況の中で、様々なことが繋がっていく感覚はあります。点と点が繋がっていく気持ち良さはありますが、意図的に作られた感が前面に押し出されて白々しさを感じてしまいます。ミステリーを意識し過ぎていたのかもしれません。

 

終わりに

本作の評価はかなり高く、著名な作家が絶賛しています。だが、読み終わってみると有り得ない設定や展開が多い。全体を通して、ミステリーを作るための無理やり感が拭えません。

ただ、好みが分かれるというだけで、本作を高く評価する人がいても不思議ではありません。ミステリーマニアには、月夜の話すミステリー談義も楽しく読めるのでしょう。彼女に共感することができれば、面白く読めるのかもしれません。

最後までご覧いただきありがとうございました。