知念実希人の作品を読むのは初めてです。「崩れる脳を抱きしめて」が、2018年本屋大賞8位になるなど注目の作家です。仮面病棟は、一気読み必死の本格ミステリー×医療サスペンスという触れ込みです。閉ざされた病院内は、読み手に手に汗を握る緊張感を与えてきます。
- 銃を持ったピエロ。
- 病院に隠された謎。
ピエロから逃れながらも、病院の謎を暴こうとする主人公の立ち回りに引き込まれていきます。読みやすさもありサクサクと読み進めていける反面、先が読めてしまう部分もあります。ただ、先読みできる部分を敢えて出すことで、最も重要な謎を読ませないという意図があるのかも。ミステリーなので、極力、ネタバレなしを心掛けます。
「仮面病棟」の内容
療養型病院に強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。事件に巻き込まれた外科医・速水秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る―。【引用:「BOOK」データベース】
「仮面病棟」の感想
読みやすさ
著者は、現役医師です。現役医師によるミステリーと言うと、海堂尊を思い出します。海堂尊は、医師の知識を最大限発揮し秀逸なミステリーを作り出すとともに医療行政の問題点も暴いています。ただ、時に専門的な知識は読者の理解を越えてしまうこともあります。海堂尊もそうですが、知念実希人も専門的な知識を駆使しながらも読者を置いてきぼりにしない。医療が謎の重要な要素でありながら、専門的な医療知識がなくても理解できる。知念実希人の方が海堂尊より分かりやすい気もします。分かりやすい半面、謎の秘密が早々に予想出来ることも否定できません。田所病院の手術室の場面で、ほとんどの人が田所病院が裏で行っていることが想像できるでしょう。
それも見越した上で、物語を展開させているのかもしれませんが。
文章表現も読みやすさを感じさせる要因です。比喩的表現を用いることもなく、状況を的確に伝え、登場人物の表情や動きも適切に分かりやすい文章で書かれています。また、時間軸も前後することなく分かりやすい。登場人物の少なさも、読みやすさを感じさせる要因です。
クローズド・サークル
クローズド・サークルにおいて重要なのは人間関係です。閉ざされた病院内で追い詰められていくことにより人間関係が変化していく。登場人物たちの本性が露になってくる。登場する人物たちの間に緊張感が出てくれば、読み手も緊張感を感じることになります。
当初、押し入ってきたピエロは共通の敵でした。ピエロを前に共闘するはずが、色合いが変わってきます。ピエロの登場により、今まで見えていなかった病院の姿が見えてきます。見えていなかった病院の秘密が見えてくることにより、田所院長と二人の看護師の姿も違ったものに見えてくる。当然、主人公の速水秀悟との関係性も変わってきます。田所院長たちと秀悟の関係性を変えるのは、ピエロだけではありません。ピエロに連れられてきた川崎愛美もそうです。田所病院の外からやってきた二人の異質な存在。この存在が、元々あった速水たちの関係性を変化させていく。
閉じられた世界だから入手できる情報が制限される。少ない情報を基に状況を想像すると大体が悪い方向へと転がっていく。人は結構悲観的な生き物なのかもしれません。悲観的だからこそ疑心暗鬼になり、周りの人間との緊張感が高まっていく。読み手も、その緊張感を受け取ることになります。
ストーリー展開
ミステリーとしては、それほど複雑で予想を裏切る展開が用意されているとは感じません。病院に隠された謎もかなり早い段階で分かりますし、ピエロがたまたま田所病院に逃げ込んだ訳でないこともすぐに分かります。ストーリーが展開する度に現れる謎は、早々に答えが予想できます。手術室に手術台が二台並んでいる不自然さを秀悟が気づいた時点で、読者も田所病院の秘密が予想できます。田所病院の秘密が分かれば、田所院長の隠し金庫にある三千万のお金の出所も分かります。ピエロがたまたま田所病院に押し入った訳でないことも分かります。ストーリーが進展していく先が分かってしまいます。
ただ、このように読者にある程度の先読みをさせることも計算ずくなのではないか。ピエロが単独犯でないことは、ストーリーが進んでいくと分かります。
共犯は?黒幕は?
ある段階で、これまでの出来事がパズルが組合わさるように嵌まります。愛美の銃創。傷口が開いた患者。意識を取り戻した過去の患者のこと。全てが繋がると完全に答えが導かれます。実に計画的な事件であることが分かります。計画外は秀悟だけだったということか。
籠城事件が解決した後の後始末が、読後の後味をざらっとしたものに感じさせます。テンポのよいストーリー展開はページを捲る手を止めませんが、意表を突いたどんでん返しはありません。ただ、予想の範囲内に収まる気持ちよさはあります。