著者のデビュー作であり、1999年に第13回メフィスト賞を受賞した作品です。ミステリー小説の醍醐味は、結末が自分の予想を裏切り、しかも納得されられる結末であることです。そういう意味では、見事に予想を裏切られました。物語の終盤に一気に謎が明かされていき、その展開の速さに付いていけなくなるくらいです。トリックが暴かれた瞬間、一瞬何が起こったのかよく分かりませんでした。その意味を理解した後、最初から読み直そうと思ったほどです。もう一度読めば、いろんな伏線に気が付くはずです。
殺人事件自体も巧妙に計算されており、犯人探しも二重三重に伏線が張り巡らされています。犯人探しの謎だけでなく、その裏に潜んでいた叙述トリックに驚かされます。未読の方のために、ネタバレは極力避けたいと思います。その分、感想が薄くなります。
「ハサミ男」の内容
美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。【引用:「BOOK」データベース】
「ハサミ男」の感想
ハサミ男は何者?
物語の発端となるのは樽宮由紀子の殺人事件。そこに至るまでが結構長い。冒頭は、ハサミ男がどのような人物なのかを説明するために、ハサミ男の殺人計画と日常を交えて描かれていきます。
- ハサミ男の異常性
- 別人格を有する精神状態
- 日常生活に溶け込む頭の良さ
これらが描かれ続けることを長いと思うかどうかは人によるかもしれませんが、私は長く感じました。ミステリー小説は事件が起こらないと物語が始まらないと言える部分もありますので、なかなか事件が起こらないじれったさを感じます。
冒頭は、ハサミ男が綿密な殺人計画を練りながら自殺未遂を繰り返し、平凡な日常生活も送り続けることを描き続けることで、ハサミ男のイメージを固定化してきます。読者の想像に委ねる部分があまりなく、詳細に設定されます。ハサミ男自体が誰なのかという謎はありますが、ハサミ男がどのような人物なのかというのは誰が読んでも同じ印象を受け取るでしょう。面白みがないと言えますが、それも著者のトリックのために必要な作業だったことは結末で分かります。
また、樽宮由紀子殺害まで多くのページを使っておきながら、殺害を偽ハサミ男に持っていかれるのも驚きます。この時のハサミ男が受けた衝撃と同じくらい、読者も衝撃を受けます。
- 今まで描かれてきたハサミ男の経緯は一体なんだったのだろうか
- 予期せぬ殺人者の登場は、この後の展開にどのような影響を与えていくのか
事件の発生とともに、新たな謎が起こる。真犯人の予測も出来ない謎だらけです。ハサミ男に気を取られ、状況の急展開に付いていくのが大変です。
偽ハサミ男は誰?
樽宮由紀子殺人事件が模倣犯によるものだと分かっているのは、ハサミ男と偽ハサミ男の二人だけです。当然、警察はハサミ男の犯行として捜査を開始します。そこにハサミ男が、偽ハサミ男の捜索に乗り出します。そもそも、長期に亘って樽宮由紀子を調査していたハサミ男が、危険を冒して偽ハサミ男を探し出す必要があるのだろうかという疑問が出てきます。ハサミ男に自己顕示欲が強い印象はありません。そこでハサミ男のもう一つの人格「医師」が必要になるのでしょう。彼もハサミ男のひとつの人格であるから、医師の考えはハサミ男自身の考えとも言えます。医師に言われるままに調査に乗り出すことになりますが、それはハサミ男自身の選択の結果でもある。冷静に考えれば危険を冒して偽ハサミ男を探す選択をしないはず。しかし、異なる二つの人格があるからこそハサミ男の選択に納得させられます。
ただ、警察の捜査に引っかからないようにしながら樽宮由紀子と周辺を聞き込むことが可能かどうか。週刊誌記者に扮したりしながらであっても警察に気付かれそうな気もします。気付かれなかった理由は、叙述トリックと大きな関係があるので詳細は控えますが。
偽ハサミ男による殺人事件に、ハサミ男と警察が犯人を探し出す。警察は偽物だといつ気付くのか。果たして偽物は誰なのか。どちらが先に探し出すのか。ハサミ男の正体に留まらず、ミステリーの謎は深まっていきます。
仕組まれた叙述トリック
真犯人を探すこと自体にも凝った仕掛けを施していますが、それ以上に叙述トリックに驚かされます。物語が始まった時からトリックは仕掛けられ、それが明かされた時には相当に驚きました。ハサミ男による偽ハサミ男の捜索に警察が気付かなかった理由が判明します。
ただ、叙述トリックに気付くかどうかは人によると思います。勘のいい人なら、結構早い段階で気付くと思います。それに気付いてしまうと、面白みが減少してしまうのは間違いありません。殺人事件自体の謎解きも十分に楽しめるのですが、そこに絡む叙述トリックがあるからこそ、この作品はメフィスト賞を受賞したのだと思います。私は幸いなことに気付きませんでした。また、叙述トリックが明かされた後も、偽ハサミ男の正体に驚かされます。これも勘のいい人なら気付くかもしれませんが。
終わりに
事件が解決した後で、刑事課の刑事が居酒屋で慰労会をします。そこで警察の捜査と謎解きの経過が語られます。伏線として仕込まれていたことが明らかにされることもあれば、全く初耳のこともあります。ここで物語の謎のほぼ全てが解明されることになりますが、説明することで物語を終結させるのは少し反則な印象も受けます。
また、偽ハサミ男とハサミ男が狙う人物が同じ樽宮由紀子であったり、ハサミ男が現場を発見したりと都合の良い展開が目に付くのも否定できません。そういうことを差し引いても、一気読みしてしまうくらい面白いミステリー作品です。