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『夜は短し歩けよ乙女』:森見登美彦【感想】|現実と非現実的の境目が曖昧になる

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 京都を舞台にした恋愛小説かと思えば、ファンタジー要素を随所に散りばめた不思議な小説です。現実的な出来事と非現実的な出来事が混然と混じり合い、何とも言えない読み心地を感じさせます。クラブの後輩に恋をしている大学生の物語ですが、彼の恋心を弄ぶような状況の変遷と彼女の天然ぎみな言動が主軸となっています。彼の恋の行方も大事ですが、彼女の行動の方に興味の大半を持っていかれます。

 物語の起承転結がハッキリしている訳でもなく、出来事も脈絡がないことが多い。好みが分かれる小説かもしれません。  

「夜は短し歩けよ乙女」の内容 

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。【引用:「BOOK」データベース】 

「夜は短し歩けよ乙女」の感想

台は京都

 ファンタジーな世界観も、京都が舞台になると馴染んでいる印象を受けます。京都という街並みが醸し出す雰囲気のためかもしれませんし、歴史の古さによるところもあるのかもしれません。絶対に有り得ない非現実的な出来事も受け入れてしまいます。現実に起こり得ることではないと分かっていますし、京都だから起こることでもありません。ただ、不思議と違和感を感じさせないのも事実です。

 著者は京都大学出身なので、京都には思い入れがあるのでしょう。著者の作品「夜行」でも、鞍馬の火祭りを物語を発端にしています。京都は異世界に通じる扉がどこかにあるのではないかと思わせる街なのでしょう。住んだことがなくても、旅行で訪れたり雑誌やTVなどのメディアに登場することが多い。 

全く知らない土地を舞台にするよりも、読者は入り込みやすい。

 本作での京都の描写では、地名が多く出てきます。聞いたことのある地名が多いですが、位置関係は京都を知る人でないと分からない。先斗町、下鴨神社など有名な場所もあれば、烏丸御池、新京極、今出川通などすぐにイメージが沸かない場所もあります。私が京都のことに詳しくないだけかもしれませんが。

 舞台となる場所がどういった場所なのか。それを知らなくても京都という街の漠然としたイメージさえあれば、小説の雰囲気は味わえます。それでも京都のことを良く知っている人に比べれば損をしている気がします。ただ、実際に住んでみないと京都のことは分からないのかもしれません。 

トロ感

 物語を通じて古風な雰囲気を感じます。古風で尚且つ日本的な印象で、レトロ感を強く印象付けます。京都を舞台にしているから当然と言えば当然かも。また、ファンタジー要素を含んでいるから現実的な現代劇にはならないでしょう。

  • 登場人物の台詞や行動、考え方
  • 文章で使われている単語や表現

 小説を構成するあらゆる要素から純和風でレトロな感覚が溢れていて、それが京都という場所と相乗効果をもたらしています。特に、黒髪の乙女の話す言葉や思考は、独特で特殊な雰囲気とともに古風で奥ゆかしい。

 もともと京都は新しいものと古いものが混然一体となった街です。そこに暮らす人々も、古さと新しさが同時に存在するのが京都だと感じているでしょう。街のあちこちに歴史を感じさせるものが存在しています。そんな街だからこそ、本作のように昭和なのか平成なのか時代がはっきりしない書き振りでも納得してしまいます。

 黒髪の乙女の感覚は、現代的ではないですし一般的でもありません。彼女の考え方は、古風と言っていいのかどうかも定かでない。また、非現実的な出来事は時代に関係がありません。新しいものと古いものとファンタジーの世界。これらが錯綜し、果たして今がいつなのか判然としません。現在でありながら、違う時代のような印象も受けます。黒髪の乙女の不思議な印象と相まって、異世界に放り込まれます。  

絡のなさ

 恋愛小説なのは間違いありませんが、冒頭に書いたように黒髪の乙女の存在と彼女を取り巻く不思議さに目が奪われます。先輩の恋心に気付かず日々を過ごす彼女ですが、彼女の周りにはあまりに脈絡のない突飛な出来事が起こり続けます。脈絡がないのと同時に、それらの出来事が一体何のために起こるのか分からない。彼女の周りの出来事は意味を持っているのかいないのか。その後の行動に大きな影響を及ぼすことなのか。よく理解できないまま、新たな出来事が起こります。非現実な出来事の意味不明さに悩んでしまいます。

  • 李白の三階建て自家用車
  • 偽電気ブランの飲み比べ
  • 空を飛ぶ樋口

 数え切れないほどの不思議な出来事が、彼女を中心に起こります。意味を求めることに意味がないのかもしれません。読者は、起こった出来事は起こったものとして受け入れていくべきなのでしょう。

 先輩と黒髪の乙女の恋の行方が、不可思議な出来事によりどうなっていくのか。直接的な因果関係を求めるのではなく、彼らを取り巻く世界が不思議な出来事で埋め尽くされていることが重要なのかもしれません。そんな世界でありながら、彼らは違和感を持たず受け入れていきます。彼でさえ、何故自分の邪魔をする出来事が起こるのか不満を口にしても出来事自体を否定しません。脈絡のなさは、ある意味日常を表現しているのでしょう。私たちの日常でも、全ての出来事に脈絡がある訳ではありません。 

女の魅力

 本作の魅力は、何と言っても登場人物の個性です。先ほど書いた非現実的な出来事も、それを体験していく彼らがいるからこそ、不思議さの中に自然さもあるのでしょう。その中でも黒髪の乙女は個性が際立ちます。彼女はあらゆる出来事を素直に受け入れていきます。だからと言って何も考えていない訳ではない。基本的には自分より他人のことを考えています。自己犠牲ではなく、自然と人のことを思いやるのです。彼女の純粋さが伝わります。 

彼女の純粋さは、彼にとっては鈍感に映るのかもしれませんが。

 彼女の純粋無垢な性格は、どこに行っても誰と会っても変わることがない。危険な目に合いそうになっても、本人に自覚がないのが可愛らしい。先輩が一方的な愛情を寄せ続けるほどの魅力を描いていかなければ、本作の根底にある恋愛小説が成り立たなくなってしまいます。しかも、彼らは直接的に接触する機会はほとんどありません。彼女の日常を描くことで、彼の恋心の理由も描いていかなければならない。彼女の言動に魅力を感じなければ、彼の恋心にも共感出来なくなってしまいます。

 彼女の天然キャラは微笑ましく、嫌みがない。一般的な考え方をしているとは言いがたいが、不思議と受け入れてしまいます。彼女の自然体を見ていると、彼女が出会う不思議な人々や出来事も自然と受け入れてしまいます。 

終わりに

 ドタバタ劇ではないですが、次から次へと物語が展開していきます。それでありながら、のんびりした雰囲気も漂います。現実と非現実の境目が曖昧になり、登場人物たちの不思議さも物語に馴染んでいきます。大学生の日常と恋愛を描いた小説と言えばそれまでですが、読み終えたときは言葉では言い表せない不思議な感覚になります。ハッピーエンドなのも幸せな余韻を与える理由です。

 全く話は変わりますが、「うる星やつら」をふと思い出してしまいました。物語に共通点はありませんが、日常に現実と非現実を混在させ融合させる。それでいて不思議と受け入れてしまう。登場人物の不思議さと不可思議な出来事で物語を構成するのは共通しているのかも。こちらはドタバタ劇ですが。

 好みは分かれると思います。はっきりとしたストーリー展開と読後の爽快感を求めるなら、あまり引き込まれないかもしれません。私も、本作が最高にお気に入りかと聞かれるとそうとは言えません。しかし、こういう小説も楽しめるものだと感じることができました。たまにはいいのかも。 

映画化

 私は未視聴ですが、2017年4月にアニメーションで映画公開されています。実写でなくアニメの方がイメージが壊れないと思います。星野源が先輩役です。彼の多才ぶりには感心します。ロバートの秋山もキャスティングされています。

 ただ、文章だから想像力を掻き立て楽しめたところもあり、見ない方がいいのかなとも感じます。積極的に観る予定はないですが、なにか機会があれば観てみるかも。そういう気持ちでは観る機会は巡ってこないとも思いますが。