旅は、イタリアに入ります。ヨーロッパに入り、いよいよ旅の終わりを実感しつつ先へ進んでいきます。第5巻でアジアの旅に思いを馳せ、二度同じ旅が出来ない喪失感を感じています。旅の目的地ロンドンが近づくにつれ、達成感からは程遠い感情が襲ってくる。イタリアに入れば、ロンドンは近い。陸路を最短で進めば、イタリア、フランス、イギリスの3か国。バスを使うと何日くらいかかるか分かりませんが、列車なら数日でしょう。
いつ旅を終わらせるのか。
その決断次第では、長かった旅も数日で終わってしまいます。長い旅が、彼の心の内を変貌させています。第5巻で、同じ旅を二度と出来ないと理由を「地中海からの手紙」で書いています。アジアでの興奮を再び味わうために再訪しても、同じ気持ちにはなれないのかもしれません。現実的な意味でも、彼の心の意味でも戻ることの出来ない旅をどのようにして終わらせるか。それは、残り少ない旅をどのように進んでいくかです。
「深夜特急6」の内容
イタリアからスペインへ回った〈私〉は、ポルトガルの果ての岬・サグレスで、ようやく「旅の終り」の汐どきを掴まえた。そしてパリで数週間を過ごしたあと、ロンドンに向かい、日本への電報を打ちに中央郵便局へと出かけたが―。Being on the road―ひとつの旅の終りは、新しい旅の始まりなのかもしれない。【引用:「BOOK」データベース】
第十六章 南ヨーロッパⅠ
イタリアに渡った著者は、ブリンディジを出発しローマを目指します。 イタリアは観光地として世界に知れ渡っています。なので、第十六章で語られるイタリアに目新しさは、あまり感じません。ローマ・フィレンツェ・ヴェネチアなどの観光地ではなく、イタリアの田舎町などはよく知りません。しかし、同じイタリアなので、それほど驚くべき光景が広がっている訳ではありません。読んでいても、想像内の風景が頭の中に浮かんできます。
イタリアでは、著者が出会った人々との交流が多く描かれています。それは通りすがりに出会ったイタリア人であったり、磯崎夫人に紹介してもらった「先生」の未亡人であったり。旅先で出会うイタリア人の気質が、著者を楽しませたり困らせたりします。イタリア人の陽気さと適当さが伝わってきます。もちろん、全てのイタリア人がそうであるはずがないのですが。
そして、ローマで「先生」の未亡人を訪れます。アンカラのゲンチャイに会ったことが、未亡人を訪れることに負い目を感じています。しかし、それでも会いに行く。ゲンチャイに会った負い目が、逆に未亡人に対する強い興味を持たせたのかもしれません。人との出会いが、別の出会いへと繋がっていく。旅を続けるというのは、そういう繋がりも引き継いでいくものかもしれません。 ローマでの滞在は未亡人と過ごすことだけでなく、バチカン市国や美術館や遺跡も巡ります。ここで描かれているローマの美術・遺跡は有名なものばかりであり、少なくとも映像や写真で見たことのあるものばかりです。フィレンツェも含め、著者の琴線に触れたのは、バチカンの「ピエタ」と地中海の圧倒的な美しさだけだったようです。
芸術に対する感性は、人それぞれです。また、写真や映像で見た時と実物を見た時では、心に響くものは全く違うでしょう。読者と著者の感性と必ずしも同じではありません。ただ、少なくとも、イタリアには著者の心に衝撃を与える芸術や自然があったということです。そのことは、我々がイタリアを訪れた時に起こり得る現象かもしれません。
そして、フィレンツェからヴェネチアに向かうはずがモナコへ。理由はカジノ。世界的観光地のヴェネチアを訪ねるよりモナコでカジノをする方が大事だと判断するのは、いかにも著者らしい。結局、カジノは立ち入ることさえ出来なかったのですが。
第十七章 南ヨーロッパⅡ
マルセーユから、どこに進むか。パリに進めば旅はほぼ終わります。しかし、旅の終着に納得できない著者が取った行動が、スペイン・マドリードへの西行きルート。
イタリアと同じく、スペインも観光地として多くの人を集めています。多くの観光客で賑わうマドリードを彷徨いながら、著者は自らの心と向き合う場面が多くなったように感じます。スペインの人々との触れ合いの中で、彼らの親切を素直に受け入れることもあれば、受け入れられなくなることもある。 旅の終わりが近づくにつれ、旅自体を描くことよりも著者の心象を描いていきます。その心象を変化させる要因として、旅がある。
スペイン・マドリードからユーラシアの果てポルトガルへ。リスボンを経由し、サグレスへ。
ポルトガルの知識は、あまり持ち合わせていません。リスボンはもちろんポルトガルと言う国についても、あまりよく知りません。サグレスに至っては、初めて名前を聞いたくらいです。ポルトガルでも、現地の人々との触れ合いが多く描かれています。スペインの人々との触れ合いが、著者の心に与える様々な影響を描いています。
- 旅を終わらせることが出来るのは、何なのか。
- 何をすれば納得することが出来るのか。
そのことに思いを馳せているのを感じます。そして、サグレスを訪れた時、旅を終わらせてもいいかなと初めて思い至るのです。
第十八章 終結
旅を終わらせる。ロンドンに着いて日本に電報を打てば、当初の目的は果たされます。ただ、目的を果たすことと旅を終わらせることは、著者の中では違うことになっているようです。サグレスからパリへ。パリからロンドンへ。 途中に不確定な要素は思い浮かびません。計画すれば、計画通りに全て進んでいく。パリに数週間滞在し、ロンドンへ向かう。イギリス入国の際に、トラブルに見舞われます。しかし、今までのトラブルに比べれば、それほど大きな問題ではありません。
ロンドンに入り、旅が終焉へと近づく。
ロンドンの中央郵便局で著者が遭遇した思わぬ出来事。このことが、著者の考え方を一変させます。どのようにして旅を終わらせるか。ヨーロッパに入ってからずっと頭を悩ませ続け、ようやく決意した旅の終り。その終わりが、一転、始まりへと。
1年近く続いた旅の結末として相応しいものなのか。それは、読者次第かもしれません。
「ワレ到着セズ」
全て読み終え、心に残ったものは何なのか。一言では言い表せませんが、旅に出たいという気持ちは私の心に熾火のように残り続けています。