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『空飛ぶタイヤ』:池井戸 潤|巨大な企業に戦いを挑む

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 物語の発端となる事故。事件と言ってもいいかもしれません。走行中のトラックのタイヤが外れ、そのタイヤの直撃を受け母親が死亡し子供が軽傷を負う。この事故を聞き、多くの人がある事故を思い浮かべるはずです。2002年1月10日に横浜で起きた痛ましい事故です。「空飛ぶタイヤ」は、この事故と三菱リコール隠し事件をベースに描かれています。しかし巻末には、

本書はフィクションであり、実在の場所・団体・個人等とは一切関係ありません。 

 と記載されています。 著者は現実の事件をどの程度念頭に置いていたか分かりませんが、相当意識しているはずです。事故よりもあとに小説が執筆されていることからも明白です。ただ、フィクションであると明言されているので、現実の事故のことは頭から切り離し純粋に小説としての感想を書きたいと思います。 

 池井戸潤らしい勧善懲悪の爽快感溢れる小説です。文庫上下巻、1,000ページ近い長編です。長編ですがテンポの良いストーリー展開、ジリジリと追い詰められていく主人公の緊迫感。結末の大逆転劇。特に、後半3分の1はページを捲る手が止まりません。

 大逆転劇でハッピーエンドという結末は想像できますし、その予想通りです。それでも、先が気になって仕方ありません。結末を想像すると言うよりは、逆転劇を心待ちにしながら読み進めると言った方が適切です。そして期待通りの結末だから、爽快感と感動が心を満たします。一気読みに近いくらいの勢いで読んでしまいました。 

「空飛ぶタイヤ」の内容

走行中のトレーラーのタイヤが外れて歩行者の母子を直撃した。ホープ自動車が出した「運送会社の整備不良」の結論に納得できない運送会社社長の赤松徳郎。真相を追及する赤松の前を塞ぐ大企業の論理。家族も周囲から孤立し、会社の経営も危機的状況下、絶望しかけた赤松に記者・榎本が驚愕の事実をもたらす。【引用:「BOOK」データベース】 

「空飛ぶタイヤ」の感想

間の思い込み

 全編を通じて伝わってくるのは、世間の思い込みが恐ろしいということです。小説の主軸は、中小運送会社の赤松運送と大企業のホープ自動車の戦いです。赤松運送の赤松社長が戦う相手は、直接的にはホープ自動車です。しかし、その戦いの大きな障害が世間の思い込みです。世間の根拠のない常識と言えるかもしれません。この常識は、大きくふたつあると感じます。まず第一に、

  • 大企業が間違うはずがないし、嘘をつくわけがない。
  • 中小企業の言うことは、大企業に比べ信用できない。

 この根拠のない世間の常識が、赤松の行く手を大きく遮ります。物語中では、ホープ自動車は過去にリコール隠しをしています。それでもなお大企業を信用し、中小企業を信用しない人々がいかに多いか。小説内に登場する人々が、大企業を無条件に信用する気持ちも分からなくもありません。理由はないのですが、何故か、信頼し安心してしまう。自分の眼で判断することを放棄してしまっている危険な状況に違いありません。 

 第二に、

  • 大企業相手に戦いを挑んでも、どうせ勝つことが出来ない。 

 ホープ自動車に非があると感じながらも、勝ち目がないと最初から諦めている人のいかに多いことか。確かに、資金力・情報発信力・先程も書いた信用力(実態があるかどうか別にして)を相手に勝つことは、無謀な挑戦かもしれません。逆に、ダメージを負う可能性の方が大きい。そのリスクを負う覚悟が必要になるのかもしれません。それは大きな勇気がいることでしょう。赤松は、協力してくれる人の少なさを実感させられることになるのです。それは、リスクを負う覚悟がのある人物の少なさを表しています。 

 赤松運送とホープ自動車の戦いは、圧倒的不利の中で進んでいきます。圧倒的不利だからこそ、赤松の信念と行動に引き込まれていくのです。  

性豊かな登場人物

 会社は人の集合体です。会社=人です。赤松運送とホープ自動車の戦いは、赤松運送の赤松以下社員とホープ自動車の社員の戦いです。そこに所属する人々は企業風土の影響を受けています。企業風土が先にあるのか、社員が企業風土を作るのか。両方の相乗効果だと思いますが。物語中の登場人物は、すでに出来上がった企業風土の影響を受けた人々です。ホープ自動車の社員はホープ自動車の、赤松運送の社員は赤松運送の企業風土の元で行動しています。

 しかし、同じ企業風土の中にいながらも、様々な個性を持った人物たちが登場します。ホープ自動車の社員は、大企業の奢りを持っています。自分たちの言うことは正しいと思い込んで、逆らう者は徹底的に叩く。経営陣の狩野常務から一般社員の北村まで同様です。ただ、杉本のようにホープ自動車の在り方に疑問を抱く者もいます。また、沢田のように考えが変わっていく者もいます。さらに、この戦いには多くの企業や人物が関係してきます。

 東京ホープ銀行。はるな銀行。赤松が訪ね歩いた運送会社。警察。被害者遺族。 

 銀行には銀行の、警察には警察の、運送会社には各々の運送会社の論理があります。同じ論理の会社の中に所属しながらも、様々な個性の人物が多数登場します。それは、赤松にとって味方であったり敵であったり。多くの個性豊かな登場人物の存在は、物語を大きく彩ります。  

雑な人間ドラマ

 個性の違いは、スタンスの違いを生みます。スタンスが違えば衝突が起こります。衝突の仕方も、それぞれの置かれた状況によって違ってきます。 

 赤松はホープ自動車のみならず、銀行との取引・警察の捜査・被害者遺族との関係の中で戦い続けます。まさしく四面楚歌です。加えて、赤松はプライベートの問題も抱えます。子供のこと。学校のこと。赤松は、多くの人々の間で翻弄されます。彼を取り巻く人々との関係が複雑になり、解きほぐすことが無理ではないかと思わせます。赤松運送 対 ホープ自動車の構図を軸にしながら、ホープ自動車内部や東京ホープ銀行内部の戦い、ホープグループ内部の戦いも描いてきます。ホープ自動車や東京ホープ銀行での勢力争いや対立は赤松の事故が発端となってますが、それはきっかけに過ぎません。ホープ自動車という官僚的組織の中で生き抜くことを第一に考え、邪魔な人物を徹底的に排除する。そんな人間たちが組織を牛耳っている。 

一方、その状況に危機感を抱き、内部告発する人物もいる。 

 組織の中には様々な人間がいます。しかし権力構造がはっきりしているホープ自動車内においての戦いは、一方的な戦いです。ホープ自動車を憂う者にとって圧倒的不利な状況は、赤松と変わらないかもしれません。そんな中、沢田のように立場を変えていく人間もいます。彼の心の内は、物語が進むに連れ変化していきます。必ずしも全てが義憤に駆られた訳ではないのですが、彼の存在は物語を大きく動かし、赤松を救う決定打となります。

 立ち塞がっていた者が、逆転の引き金となる。東京ホープ銀行にしろ、北陸ロジスティックスにしろ、企業内の圧力に負けず、自分の信念を信じ貫く者たちがいます。彼らが直接的であったり間接的であったりしながら、赤松の大逆転劇のきっかけとなっていきます。様々な要因を組み合わせて物語を展開していき、読者を飽きさせることがありません。  

最後に

 池井戸潤らしく、大逆転劇で悪者をやっつける。途中のフラストレーションを結末で一気に解消し、爽快感をもたらす。悪者は徹底的に悪者に描きます。悪者も種類が豊富です。大物もいれば小物もいる。それらをまとめて逆転します。気持ちの良さが心を突き抜けます。 

 本作は長編なので、単純に正義と悪に区分けしているだけではありません。ホープ自動車の沢田や警察の高幡のように赤松に敵対していた者が、赤松に有利に動くようになる。人の心は変化するのは当然ですし、そのことを自然に描いています。彼らの態度の変化に嫌みがありません。読み応えのある作品です。