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『卒業』:東野圭吾【感想】|刑事前夜、最初の事件

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 こんにちは。本日は、東野圭吾氏の「卒業」の感想です。

 

 加賀恭一郎シリーズの第一作目。東野圭吾らしい読みやすい文章ですが、ミステリーのトリックは複雑です。それを読み応えと捉えるかどうかです。

 刑事でも職業探偵でもなく、大学生の加賀が事件の謎を解明していきます。加賀を含む仲間7名(牧村祥子は最初の被害者なので、それほど人物像を見ることはできないが)の友人関係がベースです。高校時代から続く彼らの友情は本物なのか。大学生活を描きながら生々しい殺人事件を絡めます。友情と殺人という相容れない要素がどのように組み合わさっていくのでしょうか。

  • 祥子と波香の死に共通点があるのか。
  • 偶然なのか。
  • 「雪月花之式」のトリックは?

 人間関係と動機を含め、謎の答えはなかなか見えてきません。 

「卒業」の内容

7人の大学4年生が秋を迎え、就職、恋愛に忙しい季節。ある日、祥子が自室で死んだ。部屋は密室、自殺か、他殺か? 心やさしき大学生名探偵・加賀恭一郎は、祥子が残した日記を手掛りに死の謎を追求する。しかし、第2の事件はさらに異常なものだった。茶道の作法の中に秘められた殺人ゲームの真相は!?  

 

「卒業」の感想

人の仲間と友情

 高校時代から7年間続いている友情は、本物なのでしょうか。彼らは微妙な距離感を持っているように感じます。何もかも話せているのかどうか疑問に思うのは、彼らの関係性に無駄がないからです。ふざけた様子がなく堅苦しい。彼らの大学以外のプライベートが見えにくい。「首を振るピエロ」も大学の一部と言えます。プライベートの顔と人の前で見せる顔の違いが分かりません。

 友人同士であっても全てを打ち明けることは有り得ません。しかし、全てを話し合える友情だと思っていることが楽観的です。友情には深度があります。

  • 挨拶する関係。
  • 遊びに行く関係。
  • 悩みを相談する関係。
  • 愛情が追加された関係。

 個人的事情をどこまで打ち明けるかは友情の指標のひとつです。他の友人との関係と比較するのも指標のひとつです。彼らの間には、どちらもあまり見えてこない。彼らの友情の深さが分からないので、表層的な付き合いに感じてしまいます。沙都子が信じている友情はまぼろしにしか見えません。

 友情の定義は難しい。相手に対して抱いているものと相手が抱いているものが同じとは限りません。そう考えると沙都子は幼い。加賀は現実主義者っぽいから分かっていそうですが。

  • 祥子の死と藤堂の繋がり
  • 若生と華江の企み
  • 波香の復讐

 読んでいても実感できませんが、沙都子が信じる友情はあったのかもしれません。卒業を前に皆が自分のことを考え始めるのは当然のことです。友情も変質します。そのことを理解しないと真の友情は理解できません。沙都子は盲信したのかもしれません。 

 

人だけの閉じられた世界

 祥子の死が発端です。続けて波香の死。誰もが犯人の可能性があります。もちろん加賀を除いてですが。殺人事件の可能性が大きいので警察が登場しますが、物語は7人の関係性の中で進行します。彼らに深く関わってくる外部の存在はありません。佐山や雅子ですら存在感は薄い。

 加賀と波香は剣道部であり、若生と華江はテニス部です。剣道部やテニス部の有力選手であれば多くの交流があるはずです。彼らの存在感や交友範囲は一般的な大学生よりも大きいでしょう。繋がりの強弱はあるにしても、複数のコミュニティとの関係を持っていてもおかしくありません。しかし、7人を中心に描かれ過ぎ、人間関係の希薄さが際立ちます。もっと広い世界があってもいいのではないでしょうか。 

 

「雪月花之式」の複雑さ

 祥子と波香の死に関連があるのか。他殺の疑いが強いが手掛かりは少ない。祥子の死の謎を解くためには、波香の死の真相を解明する必要があります。波香の死の謎を追うには「雪月花之式」を理解しなければなりません。

 作中で「雪月花之式」を図で詳細に説明しています。「雪月花之式」の謎を解けば、全ての謎が解明されることを示唆しています。「雪月花之式」の作法の複雑さが、殺害方法の謎の複雑さを感じさせます。

 波香が殺された理由は分かりません。すなわち犯人の動機です。沙都子が信じている友情があるなら自殺説も残ります。仲間内から殺人犯を出したくないという気持ちもあるのでしょう。一方、自殺なら仲間にも話せない悩みがあったことになり、友情を否定することになります。

 殺害の機会を得ることができたのが沙都子であることに殺害方法の謎の深さがあります。加賀が現場にいなかったことも事件を混沌に陥れます。沙都子と雅子を除くと、どのような手法で波香を標的にすることができるでしょうか。どのような仮定を用いても動機が分からなければ推理は難しい。

 「雪月花之式」で波香を確実に標的にする方法はあるでしょうか。単独犯と共犯の両方を仮定しても、多くの選択肢があるようで確実な方法はありません。くじ引きという不確実さの上に確実さを求められません。

 読者にとってのヒントは少ないし、加賀の推理の過程はなかなか明かされません。「雪月花之式」のトリックを見破ることは難しい。論理的に考えれば考えるほど答えから遠ざかります。何故なら犯行には確率の問題が含まれ確実性がないからです。決行か中止かはその場次第です。それを加味した推理は難しい。

 

雑に絡まり合う事件の裏側

 ふたつの死が自殺なのか他殺なのか、どちらの事件も断定できません。7人の友人関係の中での事件ならば、ふたつの死には強い因果関係があります。一方、7人以外の外からの関与は考えにくい。祥子の死から辿るか、波香の死から遡っていくか。ふたつの死の真相が同じ理由(動機)なら、これほど複雑ではなかったでしょう。

 波香の不自然な行動を祥子の死に繋げると間違った推理になってしまいます。

  • 祥子の死の理由は波香の死と直接的な関係はない
  • 波香の死は祥子の死の理由と関係がない

 繋げるのは何か。誰なのか。答えに辿り着く道は簡単に見つかりません。

 祥子の死に藤堂が関わっていることに気付けるかどうかです。波香と祥子を抜きにして、白鷺荘に自由に出入りできる人間が祥子を殺した犯人です。部屋の鍵と電灯の点いている時間帯の矛盾から推理を重ねることで藤堂に辿り着くのは相当に難易度が高い。藤堂の動機を日記と旅行の噂から推測するのも難しい。

 波香の不自然な行動と祥子の死を関連付けると答えから遠ざかります。三島との剣道の勝負と薬の混入から、波香の行動の真相を推理できるでしょうか。波香は藤堂から真実を聞いていますが、加賀がそこまで推理することに非現実的な印象もあります。加賀は「雪月花之式」から藤堂を導き出しますが、犯行は50%の確率でしか行われなかった。完全に論理的な推理では辿り着けません。

 動機・人間関係・目的・方法。何もかもが複雑に絡まり合います。一貫しているものはありません。一連の流れだけがあります。読み切るのは至難であり、加賀だからできたということでしょう。

 事件の詳細は、藤堂の手紙で明かされます。謎解きの答えの提示としてはちょっと物足りません。加賀が真実に辿り着けないことが、藤堂のささやかな抵抗かもしれません。自己保身と祥子の名誉のためかもしれませんが。

 

終わりに

 「雪月花之式」の複雑さと事件の全容の複雑さ。数少ない証拠と証言。仲間の信頼と友情を前提にしてしまうと答えは見えません。

 ミステリーの謎をいくつも登場させ絡ませます。トリックは納得いく結末でしたが、動機はどうでしょうか。祥子の死は短絡的な思い込みであり、そのことで死を選ぶでしょうか。波香の復讐のきっかけが大学生活をかけた剣道の試合の不正だったとしても、同じ方法で復讐を果たそうとするでしょうか。波香の性格なら、彼らを直接追及しそうです。

 動機や人の心の内は微妙ですが、ミステリーとしては面白い。