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『宝島』:真藤順丈【感想】|沖縄のルーツがここに

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 第160回直木賞受賞作。サンフランシスコ講和条約から沖縄返還協定までのアメリカ施政権下の沖縄が舞台です。基地の島と言われている現在の沖縄のルーツが描かれています。沖縄戦の悲劇と20年に及ぶアメリカの施政権下に置かれた沖縄は過酷な運命を辿っています。

 読むのに時間がかかったのは内容が濃いからでしょうか。文章の構成やストーリー展開に原因があるのでしょうか。どちらにしても、小説のボリュームの割に時間がかかりました。

 戦後の沖縄を描くことで、現在の沖縄も描いているのでしょう。戦果アギヤー「オンちゃん」の行方不明の謎を根底に流しながら、グスク・ヤマコ・レイの人生を描きます。沖縄とアメリカと日本本土との関係性も重要なテーマになっています。沖縄の独自性は歴史・民族・性質が複雑に絡まっているので共感や理解することは難しい。受け止めるだけで精一杯です。 

「宝島」の内容

英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染み、グスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり―同じ夢に向かった。【引用:「BOOK」データベース】 

「宝島」の感想

果アギヤー

 初めて聞く言葉でしたが、沖縄では広く認知されているのでしょうか。物語の最も重要な言葉であり、ここから始まり、ここで終わります。戦果アギヤーは英雄であり、その中でもオンちゃんは特別視されています。戦後の日本は沖縄のみならず、どこも貧困の中で生きています。敗戦国の運命と言ってしまえばそれまでですが。

 沖縄は日本で唯一地上戦を経験した場所です。軍人のみならず民間人の犠牲も多い。日本本土も多くの民間人の犠牲者が出ていますが、アメリカの施政権下に置かれたことが本土との違いです。生き残った人々はどういう気持ちだったのでしょうか。

 物資の欠乏した世界で、目の前にあるアメリカを標的にするのは自然なことかもしれません。命を懸ける必要があったとしてもです。戦果アギヤーは物資を奪うという現実的な側面とともにアメリカに対する沖縄人の気持ちの表れです。最も優秀な戦果アギヤーのオンちゃんが英雄視される理由でしょう。戦果は形で見えるし、生活を助けてくれます。何が不足しているか分かっているということは、それぞれの生活に目を配ってくれているということでもあります。単に物資を奪っているだけではなく、住人を見てくれているという安心感があるのでしょう。

 戦果アギヤーを束ねるオンちゃんは、戦果アギヤーの中の戦果アギヤーです。アメリカにとって不都合な存在であればあるほど、沖縄人にとって必要な存在になります。オンちゃんがいなくなっても、戦果アギヤーがいなくなるということではありません。ただ、戦果アギヤーの代名詞と言える彼がいなくなることは、戦果アギヤーがいなくなることと同義と言えます。彼がいなくなった後、戦果アギヤーは活躍しません。グスク・レイ・ヤマコにとって戦果アギヤー=オンちゃんということです。 

メリカの施政権下

  基地の島、犯罪、犠牲。現在も沖縄は独自の政治的問題を抱えています。そのルーツが戦後から続く沖縄の歴史です。アメリカの施政権下であった頃は、現在よりも状況は厳しかったはずです。所々にアメリカの犯罪が描かれます。もちろん日本人による犯罪もあったでしょうが、だからと言ってアメリカの犯罪が許される訳ではありません。重要な問題は、アメリカの犯罪を裁けない場合があることが沖縄人には許せないのでしょう。

 当時は、沖縄の存在自体が認められていないような状況です。沖縄人はいても、沖縄は存在しないように感じます。敗戦国の日本でもなく、アメリカの一部でもありません。沖縄として独立している訳でもない。

 施政権下とはアメリカの政治の下の置かれることであり、アメリカ人と沖縄人の上下関係を決めるものではありません。ただ、戦勝国と敗戦国であり、人間関係はそれほど単純でありません。アメリカの施政権下で、沖縄人の権利を奪っていた側面もあるでしょう。沖縄は国家ではないので沖縄人の主権もあやふやです。

 アメリカ人の犯罪を裁けないことが、犯罪を助長した側面もあるでしょう。沖縄人の安全が脅かされています。敗戦国だからと言って我慢しなければならない道理はありません。沖縄戦での犠牲に加え、権利の低さの苦しみが伝わります。 

人の人生

 オンちゃんはグスク・レイ・ヤマコを繋ぎ止める絶対的存在であり、決してなくならない存在であるべきでした。少なくとも3人はそう思っています。オンちゃんを道標に人生を送っていくはずでした。しかし、オンちゃんが行方知れずになったことで彼らはそれぞれの人生を歩むことになります。歩まざるを得なくなるのです。残された者も時間は進み、人生は進んでいくからです。

 戦争の記憶は生々しく残っていても、沖縄の戦後は進んでいきます。進んでいくが沖縄の状況は変わりません。彼らは大人になり考え方も変わり人生を考えます。必ずしも同じ方向を向いて生きていく訳ではありません。沖縄の状況が変わらなくても、そこで暮らす沖縄人の生活は変わっていきます。

 どんな世界でも表の顔と裏の顔があります。戦後の混沌の中では尚更であり、その境目も曖昧です。戦果アギヤーは犯罪なので裏の世界の存在ですが、沖縄人にとっては英雄であり表の顔とも言えます。戦果アギヤーだった頃の彼ら3人は、表でもあり裏でもあります。もちろんアメリカから見れば裏に違いありませんが。

 彼らの人生が分かれていくことになったのは刑務所がきっかけです。政治犯・盗みなど多種多様な人間が刑務所にいます。若い彼らは影響を受けます。レイは刑務所で様々なものを吸収していく一方、グスクは冷静に状況を見ています。刑務所暮らしの長さや扱いと吸収した考え方の違いで、出所後の考え方も違ってきます。ただ、どちらも人生を考えた結果です。道は違っても背景にはオンちゃんの影が見え隠れするのも同じです。 

 グスクの生き方。レイの生き方。どちらに共感できるかで物語の見方も変わってきます。グスクの生き方に共感しやすいが、レイの生き方は間違っていると言えるでしょうか。当時の沖縄ではレイの手法も必要だったのでしょう。だからと言って許されるかどうかは別問題ですし、抗争は沖縄のためかどうかも疑問です。高等弁務官の暗殺が沖縄のためになるのかどうか。暗殺が沖縄人の代弁となるのかどうか。レイの見る世界が狭くなっていきます。

 ヤマコはオンちゃんと同じくらいグスクとレイに影響を与えていきます。オンちゃんがいなくなったからこそ、彼らのヤマコに対する気持ちが大きくなります。当然、ヤマコ自身も変わっていきます。女給、教師、左翼活動家。彼女を突き動かすものは何でしょうか。オンちゃんはいなくなっているので、彼女自身の内側から突き動かすものがあるのでしょう。

 グスクは刑事であり、レイはやくざ者です。ヤマコは女給を越え、教師を越え、活動家になります。教師から活動家になった理由は痛ましい事件・事故があったからですが、きっかけはどうであれ彼女は変わっていきます。オンちゃんに置いていかれたという思いが、彼女を突き動かしているのかもしれません。彼女の変化には根拠がありますが、行動と結果が目立ち過ぎ、グスクとレイが霞んでしまいます。 

治色 

 沖縄の戦後は基地と切り離して考えることは出来ません。基地は現在も続く政治的問題です。日米地位協定・米軍機墜落事故・沖縄返還。現実の出来事を使い、沖縄の過去を語り、未来へと繋いでいきます。沖縄の背負わされた運命を随所に描いています。

 沖縄の基地は安全保障上、とても重要です。現在の東アジア情勢を語る上で基地の存在は欠かせません。だからと言って、沖縄の人々の生活を犠牲にしていいかどうかは別問題です。アメリカ軍人の犯罪は日本人の犯罪より発生率が高いのかという視点もありますが、 統計で語れるほど単純な問題でもありません。彼らの日常にある恐怖と危険は統計で語ることは出来ません。

 日本でなくなりアメリカの施政権下に置かれ、日本人でもアメリカ人でもなくなってしまい権利も抑圧されました。過去からの積み重ねが、アメリカ軍に対する拒否感を抱かせます。もちろん全ての人が同じ感情を抱いているとは限りませんが、小説内ではそのように描かれています。

 沖縄の現状に対する政治的提言として受けとると小説の趣旨は全く変わります。共感出来るかどうかも変わってしまうでしょう。沖縄と米軍と基地を扱う以上、政治色を消すことは難しい。

 ここで描かれるのは、戦後、アメリカの施政権下で生きた人々の物語です。政治ではなく現実と経験です。物語中でヤマコが政治的行動に出るのも、戦後の沖縄人の現実の一部です。沖縄の現実を知ってもらうことが重要だったのでしょう。

著者のインタビュー記事もあるので、参考にリンクを張ります。

 沖縄の歴史を知り、現実を知り、未来を考える。フィクションでも政治色が入ること自体は悪くありません。片寄り過ぎると違和感がありますが。結末を政治的決着に持っていかず、オンちゃんとグスクとレイとヤマコで終わらせたことが政治色を薄めます。 

終わりに

 共感する人。違和感を抱く人。読後の感想は人によって様々なはずです。東京生まれ東京育ちの著者が、沖縄に踏み込んだ作品を書くからには相当の取材を行ったはずです。沖縄問題の大きさに、グスクたち3人の物語が霞んでしまう気もします。必然性を感じないエピソードもあります。読み応えがあるのか読みにくいのか。彼ら3人より沖縄の歴史の方に意識が向かいます。著者の思惑かもしれませんが。