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『天地明察』:生方 丁【感想】|暦は天と地を繋ぐ

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 第7回本屋大賞受賞作。史実を基にした時代・歴史小説です。主人公の渋川春海は囲碁棋士であり、天文暦学者でもあります。算術にも没頭します。自身の興味のある分野に関しては、とても探求心のある人物です。

 渋川春海(安井算哲)の名前を教科書で見た記憶はありません。渋川春海を取り巻く人物達も初めて聞く名前が多かった。もちろん徳川将軍や水戸光圀は知っていますが、碁打ち衆4家も本因坊しか知りません。私の知識不足で知らないことが多いですが、逆に物語の先行きが分からないため読み応えがあります。

 物語は算術から始まり碁へ続き、北極出地そして改暦へと導かれます。改暦を通じて渋川春海の人生を描いていますが、改暦だけでは人生は描けません。そこに至る過程が重要です。渋川春海は肩書が多いので人生も濃い。また、彼の人生の浮き沈みが物語に強弱をつけます。弱の部分に読み応えを感じるかどうかは読者次第かもしれません。 

「天地明察」の内容

徳川四代将軍家綱の治世、ある「プロジェクト」が立ちあがる。即ち、日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを失い、ずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き、算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く―。【引用:「BOOK」データベース】

「天地明察」の感想

れぞれの人生

 春海を取り巻く人々は、何かに人生をかけています。

  • 本因坊道策は囲碁。
  • 関孝和は算術。
  • 建部と伊藤は北極出地と改暦。

 人生の全てを費やすに値するものを持っています。選択の結果か、選択の余地なく決められていたものかの違いはありますが。

 道策は囲碁以外の世界を知らない。彼にとって囲碁は選択の余地なく決められていた道です。しかし、彼は囲碁に人生の全てをかけます。関孝和、建部、伊藤は様々な選択の結果、見つけ出した道でしょう。出会い方は様々ですが、己の人生を費やすに相応しいと感じることが重要です。

 それが見つかれば、他の人にも認めて欲しいという欲求も表れてきます。道策は春海にも囲碁に人生をかけて欲しいと願います。自分の人生の全てである囲碁に、春海も同じように向き合って欲しいのです。自分が認めた相手だからでしょう。同じことが関孝和や建部・伊藤にも言えます。彼らが春海を認めているからです。

 春海が人生をかけたものは改暦です。そこに至る過程は簡単なものではありません。春海が改暦へ行き着く姿は紆余曲折を経ています。算術も北極出地も囲碁も、春海の人生には欠かせません。全ては改暦に至る重要な過程です。

 それぞれに人生をかけた人々は、春海に多大な影響を与えます。保科正之も水戸光圀も酒井も春海を信じています。信じられているから、春海は行動します。春海の人生は、春海一人の物ではなくなってきます。多くの人の人生から影響を受けることで、春海は失敗や挫折を乗り越え改暦を成し遂げることができたのでしょう。 

暦に携わる人々

 先述したように、多くの人が春海に影響を与え、彼の人生を改暦へと向かわせます。影響の仕方は直接的であったり間接的であったりと様々です。

  • 保科正之から告げられた改暦。
  • 北極出地を共にした建部と伊藤。
  • 算術に挑む関孝和。
  • 光圀の支援。

 春海だけの功績で改暦が成された訳ではありません。彼らは春海に影響を与えることで、共に改暦事業に携わります。改暦事業の壮大さと困難さは、一人で太刀打ちできるものではありません。そのことが全編で伝わってきます。改暦に携わる人々は、春海に力を与えると同時に一緒に立ち向かっています。 

 本因坊道策は春海の改暦事業に否定的です。改暦事業を止め、囲碁に集中して欲しいと願います。道策はそれほどまでに囲碁に打ち込んでいます。その姿を見ることで、春海は改暦に対する信念を強くしたのかもしれません。改暦に関係ない人々も、春海に関わったことで間接的に改暦に携わっています。村瀬やえんも直接的には改暦に携わっていませんが、春海を通じて改暦に関わったと言えます。

暦の具体論

 唐から宣明歴が伝わって800年が経過しており、すでに暦にズレを生じています。暦はカレンダーのようなものであり、人々の生活は暦を元に動いています。ずれるとどうなるのでしょうか。暦がずれるとはどういう状態のことなのでしょうか。直接的な実害は描かれていません。だからこそ改暦事業が難しいのでしょう。変わることの必要性に迫られていないのが実情だからです。

 暦について具体的に説明されていませんので、どこが不具合で、どのように変えるのかがよく分かりません。算術や北極出地は改暦のための手段であり、正しい暦の作成のために必要不可欠なものとして描かれています。

宣明歴に不具合があるので、何らかの手段を用い、新しく正しい暦を作る。

 では具体的方法はどのようなものなのでしょうか。春海が行う作業がどのようにして形になり、暦を作り出していくのかが見えてきません。改暦の難しさばかりが強調されています。

 算術を用い、天と地の関わりを調べ、壮大な問題に挑む姿はよく分かります。春海の挫折を通じて、その難しさがひしひしと伝わってきます。改暦事業を具体的に説明すると専門的になり過ぎて難しいから描かれていないのでしょうか。それとも、物語上、あまり重要でないと判断されたのでしょうか。

 春海の人生を描くことが目的ならば、暦の学術書になる必要はありません。しかし、改暦事業の具体論が雲を掴むようです。 

終わりに

 テーマは改暦ですが、渋川春海の人生を描いている小説です。改暦事業の難しさを通じ、人生の難しさや複雑さ・人の人との関わり、達成感など様々な事象を描いています。

 ただ、改暦事業の難しさは伝わってきますが、具体的でないのが残念で物足りないところです。政治的な策略を用いて新しい暦を採用させたことは現実的ですが、それまでの純粋さを失ってしまったようにも感じます。春海が年齢を重ね、改暦を成し遂げることの難しさを理解し、改暦への執念を強くした結果とも言えますが。