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『天使と悪魔』:ダン・ブラウン【感想】:ターゲットはヴァチカン

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 ロバート・ラングドンシリーズの第一作目。第二作目の「ダ・ヴィンチ・コード」が世界的にヒットし、どちらも映画化されています。「ダ・ヴィンチ・コード」が先に上映されていますが、小説は「天使と悪魔」が先です。「天使と悪魔」の映画を観たのはかなり前ですが、小説との違いが多いことに気付きます。ただ、トム・ハンクスとユアン・マクレガーに違和感はありません。

 キリスト教カトリック総本山のヴァチカン市国が舞台です。私はキリスト教徒ではありませんし、キリスト教に造詣が深い訳でもありません。知らないことで余計にキリスト教の神秘性が高まっているように感じます。どの宗教も神秘性を持っているものですが。

 登場する団体、地理、歴史などは現実に即しているものもあれば、脚色されているものもあります。イルミナティも実在していますが相当に脚色されているようです。ストーリーは当然創作ですが、設定はどこまでが事実なのか。曖昧さが全てを真実に見せます。ヴァチカンの神秘性とイルミナティの謎めいた存在が引き込まれる要因です。

 基本的にミステリーですが、アクションや恋・歴史など様々な要素が次々と現れます。前半は謎解きがメインで、後半はアクションも加わり、謎が解き明かされていきます。緊張感は全編を通じて感じます。結末は納得感があり、一気に読みきってしまいます。 

「天使と悪魔」の内容

ハーヴァード大の図像学者ラングドンはスイスの科学研究所長から電話を受け、ある紋章についての説明を求められる。それは十七世紀にガリレオが創設した科学者たちの秘密結社“イルミナティ”の伝説の紋章だった。

紋章は男の死体の胸に焼印として押されていたのだという。殺された男は、最近極秘のうちに大量反物質の生成に成功した科学者だった。反物質はすでに殺人者に盗まれ、密かにヴァチカンに持込まれていた―。  【引用:「BOOK」データベース】

 

「天使と悪魔」の感想

ヴァチカン市国とローマ

 国土面積世界最小のヴァチカン市国はローマにあります。通常の国家とは根本的に成り立ちも存在の在り方も違います。一方、ローマは何世紀にも渡り世界に影響力を持っていた国であり、長い歴史があります。どちらも世界の人々の注目を集め、存在感を示しています。現在のイタリアはそれほどでもありませんが。

 ヴァチカンはキリスト教カトリックの重要な場所として存在し、数々の宗教行事を行っています。宗教の持つ力を圧倒的な存在感と影響力で世界に示しています。ローマはかつてローマ帝国として皇帝の軍事力を背景に、芸術・学問などの中心として存在していました。

 皇帝と教皇の関係性も歴史の中で変遷しています。どちらも世界に対し圧倒的な影響力を持つ者同士です。ローマ帝国はなくなりましたが、キリスト教は現在も世界に影響力を持ち続けています。宗教は人類の歴史の中で消えないと言うことでしょう。

 ローマ帝国は過去の遺跡が名残として残っています。ローマが世界の中心であったのは過去ですが、ヴァチカンは今もなおカトリックの中心であり教皇は世界に影響力を持ち続けています。

 ローマが単なる観光地でない理由は、ローマ帝国の荘厳な建築物の存在だけでなくヴァチカンという神秘的な存在のためでしょう。もちろん、ヴァチカンが保有している数ある美術品や歴史的に重要な書物などもありますが。 

 

反する存在

 物語の舞台は現在です。ヴァチカンにとってローマ帝国は相反する存在であったり、共存する存在であったりしました。現在、ヴァチカンにとって相反する最も大きな存在は科学です。科学と宗教の関係は物語の大きなテーマです。事件のきっかけであり理由です。共存できるかどうかも重要なテーマです。加えて、他にも相反するものが登場します。

  • 物質と反物質
  • 天使と悪魔

 世界には相容れない物が確かに存在するということを表現しています。 

 物質と反物質が事件の道具になりますが、動機は宗教と科学の存在です。科学の相反する「物質と反物質」の存在が宗教と科学の戦いを左右します。反物質は負の存在ではありません。科学の進歩の果てでしょう。

 反物質は宗教の根本を揺さぶるか。それとも宗教を補完するか。カメルレンゴは前者であり前教皇は後者です。問題は、宗教だけで人の悩みや疑問を完全に解決できるかどうかです。

 宗教が全てを説明しようとすると科学は邪魔になるのでしょうか。確かに都合の悪い部分はあります。世界を作ったのが神の御業ならば、試験管で神の御業を再現することは受け入れられません。宗教の教義を科学が否定することは確かにあるでしょう。しかし、科学的事実と信者が信じる真実は違うはずです。人間は複雑であり、科学を信じる一方で超常的現象も信じます。超常的現象はいずれ科学によって全て証明されてしまうかもしれませんが。

 たとえ科学が世界の理の全てを解明したとしても、宗教は無くならないはずです。何故なら、人間自体が不完全な存在だからです。人間の不完全さがある限り、人を救う神の存在は必要で有り続けます。相反するとしても、どちらかがどちらかを無くすことはできません。関わり方の問題であり、どちらも存在し続けると思います。 

 

解きと時間制限

 謎の解決が物語の主軸です。宗教的神秘性を絡ませることで物語に引き込んでいきます。しかし、読者が謎解きをしながら読み進めることは難しい。宗教象徴学者のロバート・ラングドン並の知識が必要になります。すなわち作者並の知識です。ラングドンが謎を解明し進んでいく姿を感心しながら読み進めていく感覚です。その過程でキリスト教の神秘性も感じ取っていきます。キリスト教が科学とどのように向き合ってきたのかも知ることになります。

 読者はどこに引き込まれていくのでしょうか。

  • 犯人を追いながら謎を解いていくラングドンの姿。
  • 犯人が先を行くもどかしさ。
  • ギリギリで追い付けない緊張感。
  • その結果がもたらす悲劇。

 物語の全てに引き込まれていきます。全ての根底にあるのは科学と宗教の戦いです。

 枢機卿の誘拐や殺害の犯人探しを前面に出しつつも、背後に潜む陰謀の大きさを随所に感じさせます。コーラーを黒幕に見せることでミスリードを誘い、意外性のある結末へと誘います。また、時間制限がミスリードの要因にもなります。目の前の謎の解明に目が引き付けられ全体像が見えにくい。ヴァチカンを被害者として演出することで黒幕に気付けません。実際にヴァチカンは被害者ですが。

 カメルレンゴの動機は理解できます。キリスト教に全てを捧げた者が抱いてもおかしくない感情でしょう。問題は方法であり言葉で語るべきでした。言葉は圧倒的な影響力を持つはずだからです。

 事件の真実がカメルレンゴに行き着くことは、意外性がありながらも納得感もあります。今までの出来事が全て説明できるからです。皮肉なことにカメルレンゴの言葉は生き続けます。 

 

終わりに

 著者の知識を駆使したストーリーに引き込まれます。本作をヴァチカンはどのように受け取ったのでしょうか。「ダ・ヴィンチ・コード」に比べると、ヴァチカンはあまり反発しなかったようです。ヴァチカンが被害者であり、科学と宗教の関係について問題提起していること自体は目くじらを立てるほどでないということでしょうか。ミステリー小説として許容出来る範囲なのでしょう。

 救われない人も多いが全てが解決する気持ち良さもあります。四人の枢機卿が殉教者として殺されるのは辛い。カメルレンゴも殉教者と成り得るのでしょうか。