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『消滅』:恩田 陸【感想】|閉じ込められた空港。果たしてテロリストは?

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 単行本500ページ超に及ぶ長編です。入国を拒否された11人が、閉じ込められた日本の国際空港の別室で繰り広げるテロリスト探し。クローズド・サークルを舞台にしたミステリーです。11人の中に高度なヒューマノイドロボットのキャスリンが登場し、SF的要素も加わります。登場人物が11人と多いので、覚えきるまでは読み返したりすることもありました。外見的な特徴も多くあり個性的なキャラばかりなのですが、それでも11人は多いです。徐々に登場人物が増えていくのでなく、冒頭から一気に登場しますので余計に混乱するのかも。

 日本に入国しようとするテロリストを見つけ出すことが目的です。ただ、犯人探しを警察が行うのではなく、容疑者とされた11人が実行する。11人の中に存在するであろうテロリストを、11人が協力して炙り出す。思惑や駆け引きが輻輳する中、わずかな情報だけを頼りにテロリストを探そうとします。閉鎖空間で行われる心理戦は長引くと飽きてきそうですが、中だるみすることもなく一気に読み切れます。 

「消滅」の内容 

202X年9月30日の午後。日本の某空港に各国からの便が到着した。超巨大台風の接近のため離着陸は混乱、さらには通信障害が発生。そして入国審査で止められた11人(+1匹)が、「別室」に連行される。この中に、「消滅」というコードネームのテロを起こす人物がいるというのだ。世間から孤絶した空港内で、緊迫の「テロリスト探し」が始まる!【引用:「BOOK」データベース】 

「消滅」の感想

場人物の役割

 キャスリンを含めて11人の登場人物は個性的でありながら、似通ったところもあります。名前で書かれている時もあれば、見た目で書かれている時もあります。例えば、エンジニアの小津康久は「日焼け男」、成瀬幹柾は「ごま塩頭」などと書かれたりもします。日焼け男が誰だったのか。ごま塩頭は誰のことなのか。最初は頭に入ってこない。特に、日焼け男・ごま塩頭・親父が混乱しました。私の記憶力と理解力の問題かもしれませんが。

 本作では、登場人物全員が探偵と言えます。協力して(キャスリンを除いた)10人の中から犯人を捜す。お互いがお互いを観察し探り合う。テロリストの条件を満たしている10人(1人を除きます)が集められている訳ですから、この中に含まれていることが前提です。ただ、彼らは含まれていないことも検討しています。10人の中の誰かなのか、それとも別の展開があるのか。 

10人以外の可能性を持たせたことで、物語の展開は幅が広がり予想しづらくなります。

 10人は、それぞれに役割が与えられているはずです。不要な人物を登場させる必要もありません。犯人探しなので、あまり少なすぎると面白くない。多すぎると収拾がつかなくなる可能性もある。10人が妥当かどうかは、与えられた役割が必要不可欠で他の人物と重ならない必要があります。

 そう考えると、必ずしも10人全員が必要であったかどうかは疑問に感じます。それぞれにエピソードもありますし、全く物語に影響を及ぼさない人物はいない。だからと言って必要かどうか。最初に書いた通り、日焼け男・ごま塩頭・親父の区別が難しかったのは、この3人に明確な役割を感じなかったからかもしれません。親父は結末で重要な役割が発覚するのですが。完全に不要な登場人物はいないですが、役割が重複している部分も多くあったのではと感じます。  

ャスリンの存在

 国際空港の入国審査。現実的なシチュエーションで始まった物語が、キャスリンの登場で一気に現実感から引き離されます。人間と区別のつかないAIのヒューマノイドロボットの存在は、現実感を持てません。テロリストが秘密裏に入国しようとしている情報を入手し、該当者を隔離し見つけ出す。有り得る話ですが、キャスリンの登場と犯人探しを容疑者に行わせるという設定がリアリティを失わせます。

 キャスリンは、10人に犯人探しを行わせる必要性から登場しています。キャスリンの存在は10人に様々な憶測を呼びます。

  • 当局はキャスリンを使って、テロリスト探しをさせているだけなのか。
  • もっと別の目的があるのではないか。

 キャスリンに対する疑心暗鬼が、10人相互の疑心暗鬼にも繋がります。キャスリンは、必要最小限の情報しか提供しない。10人が必要としている情報かどうかでなく、開示できる情報だけを提示する。交渉できない存在としてキャスリンを存在させたのかもしれません。閉じられた世界で、唯一外部と接触することが出来る存在がキャスリンです。10人が外部から情報を得たり接触しようとするならば、キャスリンを経由しなければなりません。人間でなくヒューマノイドに自分たちの行動が握られている。閉じられた世界を更に強烈に印象付けます。

 ただ、現実感の喪失が、物語自体の現実感も失わせてしまいます。テロリストという現実的な状況を舞台にしながら、非現実的過ぎるヒューマノイド。リアリティの有無が小説の面白さを左右する訳ではないのですが。 

線と回収

 テロリストは誰だったのか。それが導かれる結末です。そのために10人は行動しています。彼らの言葉や行動は、結末に向けて仕組まれる伏線です。伏線は結末へのヒントであったり、逆に結末から目を逸らす役割を担ったりもするでしょう。

 持てる情報を分析し推理していく。協力することもあれば、そうでないこともある。全員が、持っている情報の全てを開示していく訳ではありません。断片的なピースを組み合わせ、答えを探していく。読者も同様です。様々なピースを組み合わせ、テロリストを探していく。

  • 10人に含まれるのか含まれないのか。
  • 含まれるのなら誰なのか。
  • 含まれないなら誰なのか。
  • そもそもテロリストはいるのか。

 様々な回答があります。どれも否定できません。物語が進むにつれ可能性が狭まっていき、答えに近づいていくのがミステリーです。

 ただ、結末はあまりに突然です。今まで描かれてきた10人の言動が生かされたのかどうか。10人の心理戦は読み応えがあり、長編ながら飽きさせることはありません。ただ、そこまで濃密に描かれた10人のやり取りが結末に結び付いていかない。意外性のある結末ですが、満足感があるかと言われれば微妙です。何が伏線で、どれが回収なのか。回収しきれていないから、結末に満足感が得られないのかも。 

終わりに

 最初に書きましたが、中だるみすることなく一気に読み切りました。それは、答えが予想出来ないからです。テロリストは誰なのか。いるのか。いないのか。500ページに及ぶ物語の結末としては、いささか拍子抜けです。「消滅」の意味も明かされますが、ハッピーエンド過ぎる結末にあっけなく感じてしまいます。

 読みごたえはありますし、キャスリンを登場させることで人間の心理の微妙な揺れ動きが際立ちます。ただ、10人が繰り広げてきたテロリスト探しに見合うだけの結末かと言われると疑問に感じます。納得感というか満足感は少し物足りない。途中、ぐいぐいと引き込まれていただけに残念です。