晴耕雨読で生きる

本を読み、感想や書評を綴るブログです。主に小説。

ーおすすめ記事ー
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト

『ホワイトラビット』:伊坂幸太郎【感想】|全てを、疑え!

f:id:dokusho-suki:20201212104436j:plain

 こんにちは。本日は、伊坂幸太郎氏の「ホワイトラビット」の感想です。  

 

 久しぶりに黒澤が登場します。伊坂作品の中でも特に魅力的な人物です。彼がいるだけで先の展開が読めなくなります。また、物語に期待してしまいます。

 誘拐ビジネスから始まります。ミステリー作品だからかもしれませんが、伊坂作品には犯罪が登場することが多い。誘拐を優良企業のビジネスのように描いているのも面白い。

 誘拐の実行役は兎田孝則。彼の視点で始まりますが、どのような展開が待っているのか予想できません。兎田の二面性(仕事と家庭)の落差を見せることで、特徴的な人物になります。悪人だが悪人らしく見えない。どんな人間も一面だけでは分からないということだろう。

 兎田の妻「綿子ちゃん(名前も面白い)」が誘拐されたことで事態は一変します。因果応報とも言えますが。重要なキーワードは「白兎事件」です。一体どんな事件なのか。何が起こったのか。兎田が窮地に陥っているだろうことは分かります。また、黒澤はどのような役割を演じるのか。一気に謎が増え、人物が交錯し、ミステリーになっていきます。

 また、作者の視点で描かれている場面が多い。第三者の視点ではなく、作者の視点です。それも面白い。 

「ホワイトラビット」の内容

兎田孝則は焦っていた。新妻が誘拐され、今にも殺されそうで、だから銃を持った。母子は怯えていた。眼前に銃を突き付けられ、自由を奪われ、さらに家族には秘密があった。連鎖は止まらない。ある男は夜空のオリオン座の神秘を語り、警察は特殊部隊SITを突入させる。軽やかに、鮮やかに。「白兎事件」は加速する。誰も知らない結末に向けて。【引用:「BOOK」データベース】 

 

「ホワイトラビット」の感想

兎事件

 白兎事件とは一体何なのか。最も気になります。気になるように読者を誘導しています。兎田が大きく関わっていることは分かります。本作は登場人物の名前が物語の重要な鍵にもなっています。

 綿子ちゃんが誘拐されるまでの間に、多くの伏線や物語の前提が語られます。

  • 誘拐ビジネス
  • オリオオリオ
  • 組織の金を盗んだ女

 全てが白兎事件に繋がります。綿子ちゃんが誘拐され、兎田がオリオオリオを追うことになります。

 白兎事件は立てこもり事件です。兎田がオリオオリオを追って辿り着いた家で、家人を人質にしてオリオオリオを探します。結局は全く関わりのない家ですが、次の行動に移ることができません。次の行動を思いつかない。唯一の手掛かりだった発信機が役立たずになっていたからです。行き詰まり、逃げそびれ、単なる立て籠もり犯に陥ってしまいます。

 しかし、白兎事件の本質は別のところにあります。兎田は目に見えている表面上の出来事に過ぎない。人質になった家族の不自然さが重要な要素です。そもそも、何故、オリオオリオに付けた発信機があるのだろうか。父親と母親と息子の関係も何かギクシャクしています。

 兎田は運悪く関係のない家に押し入り、その家も運悪く押し入られた。しかし、何か隠し事があります。父親の正体が分かることで秘密が明らかになっていきます。

 兎田の目的はオリオオリオを見つけ、綿子ちゃんを救い出すことです。その目的は遠く及ばない場所に遠ざかります。どのようにしてオリオオリオの辿り着けばいいのか、先が全く見えてきません。

 物語が進むにつれ事件の背景が見えてきます。複雑に入り組んでいる。家人たちの隠し事が複雑にしています。隠し事がないのは兎田くらいかもしれません。目的がはっきりしているからだろう。

 隠し事は話さないと分かりません。目的を果たしたい者と隠し続けたい者。それぞれの思惑が事件の裏に潜んでいて複雑さに目を瞠ります。

 

澤の策略

 黒澤は冷静沈着です。どんな状況でも正しい方向へと物事を導きます。黒澤にとって望ましい方向という意味ですが。黒澤は相変わらず泥棒として登場します。パートナーたちに中村たちが再登場し、懐かしさを覚えます。

 黒澤は周りに期待しません。もちろん、与えられた役割を果たしてほしいと思っています。しかし、どこか諦めているところもあります。黒澤以外が多少失敗しても、彼がいるから結果的に成功します。失敗は織り込み済みなのだろう。有能な証拠であります。

 白兎事件で黒澤は失敗します。巻き込まれたこと自体が、彼にとって失態だろう。しかし、冷静さは変わります。自身の失敗に自身で呆れているのも彼らしい。

 黒澤がいる状態で白兎事件は進行していきます。兎田は立て籠もります。警察に通報された時点で、通常犯人は詰んでしまう。人質が無事かどうかの問題はありますが、逮捕は時間の問題です。黒澤も自身の身の安全を確保しながら、兎田が捕まるのを待てばいい。

 黒澤は珍しく事件に関わろうとします。黒澤らしくないし、彼自身もそのように感じているようです。父親の振りをしている間は思うように動けません。演じなければならないからです。しかし、黒澤が泥棒だと発覚してしまえば、彼は脱出することだけを考えればいい。無事に脱出するためには、兎田に速やかに出て行ってもらうしかない訳ですが。そのためには兎田に目的を達成させるのが一番と考えたのだろう。

 兎田のために様々な提案をしていきます。何も考えない兎田や母親や息子に辟易としますが、白兎事件を黒澤が操ります。事件の発端は兎田ですが、その後の事件の推移は黒澤の策略です。警察の裏を突くほどの鋭い策略です。現場を偽るという事件の根本を揺るがす仕掛けを作り出します。黒澤の本領発揮です。相変わらずの存在感です。ただ、黒澤のキャラが固定化されてきた気もします。

 

算通りに動かない

 事件が複雑化した理由はいろいろあります。最も大きな要因は、人は思い通りに動かないということだろう。特殊な状況になると、冷静に考えることはできません。兎田も母親も息子も状況打破のために考えますが的外れなことが多い。状況が判断力を鈍らせるのだろう。加えて、思った通りに行動しません。予想外で間違った行動に出ます。

 そもそも黒澤が巻き込まれたのも仲間の失敗のためです。逃げ切れなかったのは黒澤の判断ミスですが。オリオオリオの死体を家に持ち帰ったのも判断ミスだろう。間違った判断で起こした行動は、間違った結果をもたらします。計算通りに動かないからこそドラマが生まれます。想定外の事態に驚き、その先がどうなるのか気になります。

 白兎事件の全てが計算通りにならない結果の集合体です。黒澤はそれを終結へと導くために策を練っていきます。兎田に同情した訳でもないだろうが、兎田が目的を果たすために手助けをします。黒澤が逃げ切るためでもあるのですが。

 兎田と稲葉の決戦の結末は、中村たちが黒澤の思惑通りに動かなかった結果です。計算通りに動かない人々は、常に悪い結果ばかりをもたらすとは限らない。時には結果オーライになることもある。それが人生だし、物事の成り立ちだろう。

 

い詰められた稲葉

 白兎事件を起こしたのは兎田です。しかし、原因は組織の金を奪った女でありオリオオリオです。綿子ちゃんを攫い、兎田をここまで追い詰めたのは、稲葉自身が追い詰められているからだろう。稲葉の組織が金を渡さなければならない相手は明言されません。どれほどの恐ろしさなのかも分からない。

 ただ、稲葉自身が行動しているところを見ると、組織の存続がかかっているのだろう。稲葉自身が消される可能性もあるのかもしれません。その割には、稲葉の行動には緊張感がありません。兎田を選んだのは綿子ちゃんという弱みがあり、必死になるだろうと見込んでいたからです。兎田の能力を買っていた訳ではなさそうです。

 オリオオリオが見つからないと大変なことになる。そう言いながら、稲葉の起こしている行動は兎田を動かしているだけです。第二、第三の手を打っていません。兎田が失敗しそうになると、ようやく次の手を考えようとする程度です。兎田の必死さの裏には稲葉の必死さも必要ですが、あまり感じません。

 綿子ちゃんを痛めつけている姿を見ると、相当な悪人に見えます。しかし、誘拐ビジネスを仕切るほどの知的さを感じません。知性も冷酷さも圧倒的な印象を受けない。稲葉が最後にやられてもあまり爽快感がないのは、悪役ぶりがイマイチだったからだろう。

 

終わりに

 白兎事件は、当事者の四人(兎田、黒澤、母、息子)が中心です。稲葉は役不足だし、警察も存在感が薄い。夏之目は存在感がありますが、彼自身の人生の背景に存在感があるのであり、警察全体の行動に目を瞠るものは感じない。事件に対する関わり方が小さいからかもしれません。

 白兎事件の真相はなかなか読み切れません。推理するのは難しい。黒澤の策略の深さには感心しますが、白兎事件のトリックを作るための都合の良い展開が多い気がします。黒澤がオリオオリオの死体に気付いたり、隣家が空き家だったり。結末の中村たちの乱入は最たるものかもしれない。そのおかげで兎田が逆転することになるのですが。