こんにちは。本日は、2017年本屋大賞8位、森見登美彦氏の「夜行」の感想です。
ファンタジーの要素を軸にしていますが、ホラーに近い部分もあります。単行本の表紙からは想像出来ない怖さを含んだ小説です。徐々に空気が重くなり、圧迫されていくような息苦しさを感じます。
「第一夜 尾道」から「最終夜 鞍馬」までの5章から成る小説です。どの章も抽象的で曖昧な表現が多い。話の繋がりが見えにくく、結末も何を表しているのか解釈が難しい。
物語は、10年ぶりに集まった英会話スクールの仲間たちが「鞍馬の火祭」を再び訪れるところから始まります。10年前の「鞍馬の火祭」の夜に失踪した長谷川さんと、銅版画家 岸田道生の連作「夜行」が鍵となり進んでいきます。各夜のタイトルは、その章で登場する銅版画「夜行」のタイトルと同じです。そして物語の舞台も、タイトル通りの場所が舞台になります。
- 各夜で登場する銅版画「夜行」が表現するのは何なのか。
- 「夜行」によって、登場人物たちは何を経験したのか。
直接的な表現はなく明確な筋立てで構成されている訳ではないので、モヤモヤとした感触があります。一度読んだだけでは理解できませんでした。著者は、この小説の解釈はひとつではないと言ってます。そこで、以下のサイト「夜行を読み解くための10の疑問」を参考に2回目を読みました。
「夜行」の内容
僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
「夜行」の感想
10の疑問を読み解けるか
各夜にふたつずつ疑問が提示されていることが、上記のサイトを見ていただければ分かります。その10の疑問を書き出すと、
第一夜 尾道
- ホテルマンの妻が二階に籠るようになったのはなぜか?
- 中井の妻が「変身」したのはなぜか?
第二夜 奥飛騨
- 死相は確かに浮かんでいた。誰と誰に?
- 大きな事故が起こった。それはどこか?
第三夜 津軽
- なぜ児島君が最初に姿を消したのか?
- 画廊で銅版画を見たとき、児島君は何を言い淀んでいたのか?
第四夜 天竜峡
- 田辺と岸田が親しくなった木屋町の夜、岸田は何について語ったか?
- 「夜行」に描かれている女性は誰なのか?
最終夜 鞍馬
- 英国で岸田が見たという「ゴーストの絵」。その作者は何を隠していたか?
- 本当に夜は明けたのだろうか?
これらの疑問の答えが分かるかどうかです。例えば、中井の妻が「変身」したのは夜行列車で尾道を通過した時だろう。しかし、明確な理由は読み取れなかった。
これらの疑問の答えを探し出しても、物語全体の解釈が明確になるかどうかは別問題です。これらの疑問と答えをいかに解釈するかが重要です。結局、ヒントは与えられたとしても物語の解釈に対する近道にはなりませんでした。
最終夜を前提に
二度目に読んだ時は、一度目よりも理解できました。何故なら、各夜の鍵は最終夜にあるからです。最終夜で、岸田道生が英国で見た「ゴースト」の絵について語ります。
彼の作品に姿を現したのは、その娘のゴーストだったというわけですよ。この絵の中の娘に心惹かれると、彼女が少しずつ振り向いてくるそうですよ。そして、彼女の顔が見えたとき、その人間は絵の中へ連れ去られるんだ。
書いた覚えもないのに、自分が殺したはずの娘が自らの絵に登場します。その娘がゴーストという訳です。
岸田道生は、過去に高校生の長谷川さんと出会っています。そして、10年前の「鞍馬の火祭」で再会していると思われます。その時に、彼は長谷川さんを殺したのではないだろうか。
それをきっかけに、彼は「夜行」の制作を始めます。「夜行」に描かれている女性は長谷川さんなのでしょう。第一夜から第四夜の「夜行」に描かれている女性も長谷川さんのはずです。ただ、各夜に登場する人たちは、長谷川さん以外の人物を見ています。
第一夜から第四夜に登場する「夜行」の中の女性は、本当は誰なのか。
第一夜では中井さんの妻。
第ニ夜では美弥さん。
第三夜では藤村さん=佳奈。
第四夜では岸田道生が書いた女性そのもの。
このように考えられます。そう考えると、中井も武田も児島も田辺も絵の中に連れ去られたということです。彼らが絵の中に見ていたのは長谷川さんであり、自分の愛する人でもあったのでしょう。
ふたつの世界
最終夜で大橋君は長谷川さんと再会します。彼は、「夜行 鞍馬」の中に長谷川さんを見ます。彼が愛する人は、長谷川さんということです。絵の中の世界が描かれるのは最終夜だけです。その世界はパラレルワールドです。長谷川さんは失踪しておらず、死んだはずの岸田道生と結婚しています。一方、大橋君が10年間失踪している世界です。
この世界はいかにしてできたのか。
岸田道生が語っているとおり、「鞍馬の火祭」で長谷川さんと再会するところまでは同じだが、彼女を殺さなかった世界と言うことだろう。ただ、絵の中に引き込まれた大橋君を見る限り、絵の中は必ずしも恐ろしい世界ではないように感じます。
岸田道生が英国で聞いた話だと、絵の中に連れ去られるのは恐ろしい出来事のように語られてますが。
辻褄
著者には、辻褄を合わせようという意識はないのかもしれません。解釈の仕方が人によって変わると言うことは、曖昧な部分や回収されない伏線が多くあるということです。
このふたつの世界の関係性も辻褄の合わない部分が気になります。大橋君以外の人たちは、一体どの世界に迷い込んだのだろうか。10年ぶりに「鞍馬の火祭」で再会した時の世界をベースに考えると、大橋君以外の人たちは絵に引き込まれた後です。何故なら、依然に「夜行」と出会っているからです。
そうだとすれば、再会した世界は彼らの元々の世界ではありません。引き込まれた結果だとすれば、過去に大橋君が関わってきた中井さんたちは一体誰なのだろうか。そして、どうなったのか。
大橋君が引き込まれた世界でも、中井さんたちはいます。パラレルワールドは複数あると言うことでしょう。世界の関わり方、そこに生きている人たちの存在が曖昧になってきて、本当の存在がどこにあるのか分かりません。どこが本来の世界なのかという考え方自体が馴染まない物語なのだろう。
最後に
解釈はひとつだけではない。
確かに、この小説にひとつだけの正解を求めるのは難しい。ただ、解釈だけでなく、事実認定も難しい。小説内で起きた事件や出来事が、どのように繋がっているのかはっきりと掴めません。私にとって、暗中模索の状況を生み出してしまいました。読者によって解釈は異なるのはいいとして、その解釈すら出来ない状態です。
評価が分かれる小説だと思います。著者の意図するところを読み解ける人や独自の解釈を打ち立てることの出来る人にとっては、読み応えがあるだろう。しかし、私のように解釈自体に戸惑ってしまうと読後に満足感が得られません。
本屋大賞にランキングされていますが、全ての人に受け入れられるかどうかは疑問です。